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エッセイ

 


第1回 旅の記憶


善田紫紺  
 

 

 20歳でオートバイに乗り始めて以来、気が向くと旅に出ている。
 旅といってもスーツケースを引きずって1週間以上も家を空けるような大それた旅ではない。私の旅の基本はバイクツーリングだから、例えその手段が車になっても列車になっても、荷物はせいぜいオートバイの荷台に積めるくらい身軽なものだ。
 旅を面倒がる人はだいたい荷物が大袈裟すぎる。旅先でパーティでもあるまいに、靴の代えやドライヤーまで持っている。旅の醍醐味は「まっさらな自分」で訪れる土地の空気に染まることなのだから、旅にはできるだけ裸に近い自分を連れていく方がいいのだ。
 だから私の旅は、せいぜい2、3泊。1泊でもオートバイで走れば、その道中にも土地の空気を堪能できるから、満足度は十分なのだ。

 

 ところで、これだけ年がら年中旅に出ていると、どういうわけか、季節によって行きたいと思う場所が決まってくる。
 さきほども書いたように、私の旅の記憶には、どこの観光地へ行ったとかそこで何を食べたとか何を見たということよりも、そのときの、その場所の空気のにおいとか、光の色とかそういうことのほうが強く残る。だから季節が巡って来ると、かつて感じた光や風を懐かしく思い、それを感じられる場所へ足が向くのだろう。

 

 私は、光や風にはかならずその季節やその土地独特の「いろ」があると思っている。
 四季があり、南北に細長い地形の日本では、土地によってそれがまた少しづつ違っていて、オートバイなどで走っているとその変化が感じ取れて本当におもしろい。
 北と南では当然違うし、関東と関西、海と山、日本海側と太平洋側でも流れている空気の感じは全然、違う。それはたぶん自然環境の影響が大きいけれど、歴史や文化や住んでいる人々の気質などによっても、空気の「いろ」はその土地特有の「いろ」を作り出しているのだ。

 

 だから、地域は全然違うのに、あるときふと以前訪れた場所と似たような空気に出会うと感動する。
 私は年末、世間が慌ただしくなると決まってのんびりと旅に出たくなるのだが、ある年、瀬戸内の牛窓で海に沈む夕日を眺めていたら、かつて訪れた房総の平砂浦のことを思い出した。
 冬の落ち日、それも海に沈んでゆく夕日の残すいろは本当に壮絶だ。
 ある大晦日の前日に平砂浦の海岸にひとり佇んで、大きなオレンジ色の火の玉がゆらゆらと揺らめきながら海に落ちていくのを見ていた私は、自分もこのままこのオレンジの空気に包まれて海に沈んで行くのだという、不思議なほど安らかな感覚に満たされた。
 それとまるで同じ感覚を、私はある年の瀬にまた、牛窓の浜辺で味わっていたのである。

 

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