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あれ?
・・・今、白い猫が横切った。
どこどこ?
ほら、クイーンズスクエアからさくら通りに飛び出していったよ。
うそだろ、みなとみらいに猫なんかいないよ。
◆◇◆◇◆
この町へ来て1年と2ヶ月。
横浜と私の関係は微妙だ。旅行者ではないが、定住者とも言えない。
そんなつかず離れずの感覚のまま、街を散歩する習慣ができたのはいつごろだっただろう。
歩きながら少しずつ、普段の横浜の街と出会ってきた。
横浜駅周辺、山下公園、元町、山手といった表玄関も、私が住んでいる鶴見も、その他ふと思い立って出かけた町も、歩いてみると頭で考えていた横浜のイメージとはまるで違った素顔を見せてくれた。
歩いて、出会って、見て、通り過ぎる。
お散歩しているときの、街と自分の距離感が心地よかった。
そんなわけで、私はお散歩マニアになった。
本当に、横浜はお散歩向きの街だ。
起伏が激しいから歩くほどに風景の変化を楽しめる。それに坂を上りきると突然、遠くの高層ビル群が顔を出したり、建物の間からちらっと海が見えたりする。
路地が深いのもいい。表通りから一本入って、小さな道を曲がって曲がって、その先の行き止まりをまた曲がりながら、わざと迷うこともできる。 住宅地の一角で、とうとつに戦前の建物を見つけたり、どこかの家からふいに漂ってきたお風呂の匂いに気づいたり、見事なお庭を手入れする庭師の鋏さばきに見とれたりした。
さらに、比較的元気な商店街が多いことも、お散歩マニアの心をくすぐる。そういう地元の商店街では、肉屋や八百屋にまじって、一度食べたら忘れられないキムチや、絶品コロッケ、どこそこの蔵元から取り寄せた希少な地酒といった、隠れた名品を扱う店がひっそりと営業していたりする。
お散歩マニアは、そんなふうに偶然見つけたいろんなものを、心の中にコレクションしていくのだ。
そう、横浜はどこをとってもお散歩マニアのお散歩魂をそそってくれる。
ただ一カ所、みなとみらい21地区、通称・MM21だけはちょっと意味が違う。
・・・完璧な舞台装置の上、
クリスマスが進行する・・・
MM21は埋め立て地を区画して作った一大商業エリアだ。
埋め立て地だから坂も丘もないし、路地もない。思いがけず出会う遠景もない。そしてこのエリアには人が住んでいない。ここにいるのは車や電車や船に乗って訪れた人ばかりだ。だから見事なまでに生活の匂いがしない。
巨大なショッピングモールで営業している店はみな、MM21に「進出」して「出店」した名店ばかりだ。地元でひっそりと親しまれてきた、ご近所の名品を見つける楽しみは期待できない。
大観覧車「コスモクロック」は、毎秒色とりどりに点滅し、広場では大道芸人がパントマイムを演じている。計画どおりに作られた街で、予定どおりのイベントがきらびやかに進んでいく。街ぐるみ、巨大な舞台装置のように。
それが埋め立て地MM21のいつもの風景なのだ。
だからといって、歩きがいのない街かといえば、それはまったく違う。
むしろこの非日常の舞台で、遊んだり買ったり食べたり、恋したりする人たちを盗み見しながら歩くのは楽しい。
MM21は、私にとってもスペシャルなお散歩コースなのだ。
そんなMM21が、舞台装置としての威力をもっとも発揮するのは、もちろんクリスマスシーズンだ。
一年中クリスマスのように光があふれているこの街が、意匠を凝らしたツリーやクリスマスイルミネーションで、さらに輝きを増す。
その光を求めて、いろんな人が集まる。カップル、グループ、旅行者、ファミリー・・・そして、お散歩マニアの私。
時間は黄昏時。4時桜木町というスケジュールでJR根岸線に乗り込む。
桜木町駅西口から出たら、ランドマークタワーへ続く、動く歩道に乗る。
動く歩道の右側は、急ぐ人のために空けてあるけど、ここをさっさと歩くのはもったいない。ベルトコンベアーの速度で、対岸のコスモワールドやライトアップされた帆船日本丸をゆっくり眺めながら移動するのが正しい。
ランドマークタワーの低層階はショッピングモール、ランドマークプラザだ。
動く歩道を降りて、3階エントランスから入り、一階のガーデンスクエアまで降りてみる。
吹き抜けの天井から、ツリー型のシャンデリアが下がっている。
ゴスペル風のクリスマスソングが聞こえてくる。ここでは、クリスマスシーズンの土日にフリーコンサートが催される。ライブがクライマックスになると、天井から人工雪まで舞い落ちてくる。
さらにガーデンスクエアの周囲には、GODIVAとかティファニーとか、特にクリスマスモードの店が揃っている。どこをどう見ても、完璧なクリスマスの舞台だ。
普通の繁華街でクリスマスというと、「暮れ」とか「お歳暮」とか「お正月」がどこかに入り込んでしまうものだけど、ここでは見事なまでにそれがない。安っぽいインストの「恋人はサンタクロース」は決して流れないし、大掃除用品の実演販売もない。
「純粋な」クリスマス。
足りないのは教会とイエス様だけだ。それはきっとここには必要ないものなんだろう。
・・・埋め立て地の猫・・・
ランドマークプラザを出て、まっすぐクイーンズスクエアのモールに入る。
途中、スターバックスコーヒーでコーヒーをテイクアウトして、モールの外に出た。
空はもうすっかり暗いのに、一面のイルミネーションであたりは明るい。
風は冷たいけど、広場には夜景を眺めるカップルや旅行者がたくさん出ている。
ここに植えられている18本の木々は、それぞれびっしりと電飾で覆われていて、枝という枝がオレンジ色に発光している。小さな光の粒々がいっせいに芽吹いているみたいだ。
その向こうでは観覧車が、消えない花火のように点滅している。スーパープラネットが光の弧を描いてぐるぐる回り、ジェットコースターが派手な軌跡を残して急降下する。
豪華絢爛、イルミネーションの乱舞だ。
この風景に、なぜかスターバックスコーヒーはぴったりハマる。
その時、隣にいるカップルの会話が耳に入ってきた。
「あれ? 今、白い猫が横切った。」
「どこどこ?」
「ほら、その木の横から通りに飛び出していったよ。」
「うそだろ、だってみなとみらいに猫なんかいないよ。」
猫を見たと言う女の子の視線をたどっても、もう何も見えなかった。
人の住まないMM21に、猫は住めるのだろうか?
橋を渡れない猫が、どうやってここまで来たのだろう?
そろそろ6時になる。クイーンモールのクリスマスツリーは、毎時間15分ずつ、パイプオルガンに合わせて2万球の電球が点滅しながら、さまざまに形を変化させる。再びモールに戻ると、クリスマスツリーのあたりに人が集まり始めていた。
クリスマスベルの音を合図に照明が消え、パイプオルガンの低い和音が鳴り響く。15分間のショーの始まりだ。
曲調に合わせて、ツリーの上を色々なライトが点滅し、光のラインが走り、かと思うとほのかに灯って木の輪郭を浮かび上がらせる。びっしりと張り巡らせた2万球の電飾は、見事なコントロールで演出されている。
音と光のコンビネーションは、人の心に不思議に作用する。
暗闇の中で姿を変化させる、電飾のツリーを見ているうちに、さっきの猫のことを思い出していた。光の残像に、見てもいない白猫の姿を見たような気がした。
あの女の子が見たのも錯覚だったらいいのだけど。
でもきっと猫はいるのだろう。この光に満ちたクリスマスの街に。
クイーンズスクエアはここでおしまいだ。この後はパシフィコ横浜を抜け、ぷかり桟橋からシーバスに乗って横浜駅まで海から帰ることにする。
お散歩としては、少し歩き足りなかったかもしれない。
でも、今回はこれでお腹一杯だ。 海の上からもう一度、高層ビルとイルミネーションに別れを告げた。
このくらいの距離から見るMM21が、私にはいちばん美しく見える。
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