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赤い靴の女の子か・・・。
そう思ったのとほとんど同時に、女の子のお母さんが言った。
「あの・・・赤い靴の女の子ってどこにいるんでしょう?
◆◇◆◇◆
・・・ちょっとした偶然・・・
最初は全然そんなつもりじゃなかった。でも気がついたら、私がはじめて出会ったヨコハマ、「赤い靴の女の子」を探すことになっていたのだ。
よく晴れた春休みの平日、午前10時をまわったところだった。誰もが知っていることだけど、こんな日の山下公園はお散歩するにはうってつけだ。いつものように桜木町から汽車道を通って、関内の近代建築群を見た後、ちょっとのんびりするために、山下公園に足を向けた。
ところが公園は改修工事中だった。歩くことができるのは、海沿いのアスファルトの通路だけ。そのためか、春休みのためか、あたりはいつもよりずっと混みあっていた。
人の集まっている水際を避けて、公園のいちばん端、インド水塔の石段に腰を下ろし、ぼんやりと港の景色を見ていた。
その時、ふいに目の前で、カモメを追って遊んでいた2歳くらいの女の子が転んだ。
「大丈夫?」
助け起こすと、向こうの方から若いお母さんが、少し大きい男の子の手を引いて走ってきた。
「すみません。・・・もう、だから走っちゃだめだって言ったのに」
女の子はちょっと笑うと、今度はお兄ちゃんの後を追ってチョコチョコと駆けだした。おむつでモコモコのピンクのスカートと、赤い運動靴。
赤い靴の女の子か・・・。
そう思ったのとほとんど同時に、女の子のお母さんが言った。
「あの・・・赤い靴の女の子ってどこにいるんでしょう?」
あまりにぴったりなタイミングだったので、一瞬何を聞かれたのかと思った。
「あの、赤い靴履いた少女の像って、この公園ですよね?」
「え? ああ、そう・・・だと思いますけど」
「この公園を端から端まで歩いたけど、見つからなくて」
そういえばどこにあるんだろう。考えてみたら、私は何度もここに来ているのに、「赤い靴履いてた女の子像」をちゃんと見たことがない。それどころか、ついさっきまで、そんな女の子がいたことさえすっかり忘れていた。
ところが何気なく「赤い靴」と心の中でつぶやいた途端、外からも「赤い靴」という声が聞こえてきたのだ。あの歌を聞いたときの痺れるような怖さが、心によみがえってきた。
あ、そうか。ここにあの女の子はいるんだ。
・・・ヨコハマの記憶・・・
「ヨコハマ」という地名を最初に聞いたのは、多分まだ立つか立たないくらいの頃。子供の頃の記憶はかなり遡って残っている方なのだ。母がよく「赤い靴」という童謡を口ずさんでいたことは、ぼんやり覚えている。
「ヨコハマの波止場から船に乗って〜」。
うつらうつら夢見る赤ん坊の心に、この悲しげなメロディーはどう響いたのだろう。さすがにそこまでは記憶していない。
その次は幼稚園の頃。
父が買ってきた童謡のレコードの中で、「赤い靴」のヨコハマと2度目の出会いをした。その時のことは鮮明に覚えている。
いきなり耳に飛び込んできた2番の歌詞、
「ヨコハマの波止場から船に乗って〜」
というくだりは、幼な心に身震いするほど恐ろしく響いた。歌っていた童謡歌手の、張り裂けんばかりの高音は今も耳に残っている。まるで悲鳴のように聞こえた。
あの頃、誘拐事件が多発していた。親も、幼稚園の先生も、みんな「知らないおじさんについて行っちゃだめ」と口を揃えて言っていた。そのせいか、お話も現実もごちゃまぜの小さな脳味噌は、よその世界への好奇心と恐怖感ではちきれそうになっていた。
「イージンサンニ ツーネラレーテ イーッチャーッター」
多分、そんなふうに聞こえていた。知らないおじさんについて行った女の子たちが、「ヨコハマのハトバ」というところで船に乗せられて、ひどい目に遭う(つねられたり?)様子を想像したのだと思う。
「赤い靴」の女の子と対のように、「青い目のお人形」も、いっぱい涙をうかべながらやってきた。きっとアメリカの女の子が、イージンサンにつねられてお人形に変えられてしまったんだろう。あの頃は本気でそう思っていた。
私の中で最初のヨコハマのイメージは、「(自分みたいな)小さな女の子が、かわいそうな目に遭うところ」だった。
そこで女の子は、いつまでもいつまでも、泣いているのだ。
今考えてみれば、私は裏道から横浜に迷い込んだのかもしれない。異国情緒とか国際都市とか以前の、外の世界への本能的な恐怖。もしかしたらそこにほんの少しだけ、憧れも混じっていたかもしれない。
そうだった。
ほんの少しの憧れが、この歌をいっそう恐いものにしているのだ。小さな女の子は、時々おっかなびっくり夢想する。心に思うだけで罰せられそうな、甘くて悪い夢だ。
ある日突然、見も知らない大人に連れられて、私はここではないどこかへ、お父さんもお母さんも妹もいない世界へ行ってしまう。泣いても泣いても誰にも声が届かない場所だ。でももしかしたら、そこには私の本当の家があって、仲間がいっぱいいるのかもしれない。
だって私、本当は青い目をしたお人形なんだもん。
・・・ほほえむ少女の像・・・
大桟橋に停泊していた客船が、ふいに汽笛を鳴らした。小さな兄妹はキャーキャー言いながら耳を押えて逃げ戻ってきた。「おなら、おなら」と叫んで笑いあっている。お母さんが苦笑して、私もつられて笑った。
彼らに引っ張られるように、私も一緒に歩き出した。少女の像を探して。
歩きながら、この親子3人は、岐阜県からお父さんの出張について遊びに来たこと、横浜駅近くのホテルから朝一番にタクシーでここまで来たこと、赤い靴の女の子を探して公園内の散策路を、1往復半もしたことを知った。
山下公園は横浜港に沿って1キロ以上も横にのびる臨海公園だ。そこを2歳と3歳の子どもを連れて、たった1体のモニュメントのために、この人は歩き回っているのだ。
どうして? 聞いてみたかった。でも彼女がそこまで大切に探し求めている心の内側に、通りすがりの私がズカズカと入り込むべきではない、と思いとどまった。
公園の改修工事はかなり大がかりなもので、海沿いのプロムナード以外の緑地帯は、フェンスで覆われて立入禁止だった。いつもと違う風景のせいか、ここにあるはずだと思ったところに、女の子の像が見つからない。
不思議なもので、見つからないとなるとどうしても見つけないではいられない気持ちになってくる。そうしている間に、記憶の中の「赤い靴の女の子」が、少しずつ目を覚ましてきた。その子は普段、私がめったに行けない場所で眠っているのだ。
「イージンサン」に怯えた私も、ここでないどこかを密かに夢見ていた私も、そこにいる。
「あ、あった、ありました、ほらあそこ」
突然彼女がフェンスの向こうを指さして言った。指さされた方に目をやると、確かに工事中の芝生の中に像はあった。
赤い靴の少女は膝を抱えて海の方を見ていた。その口元は、意外なことに、うっすらとほほえんでいた。
彼女は、子どもたちを1人ずつ抱っこして、金網ごしに小さな像を見せた。子どもたちは「ふーん」という顔で神妙にフェンスの向こうを一瞥した。そしてお母さんの手から離れると、すぐにまた海の方に走り出した。
私も子どもたちの方へ走った。背中で女の子の像に見入る若い母親の姿を感じていた。でもやっぱりそちらに目を向けることはできなかった。
彼女はしばらくそこで女の子の像を見ていたのだと思う。
本当は聞いてみたかった。
どうして横浜の中で真っ先にここへ来たの? どうしてこの小さな像を見るために、公園を行ったり来たりしたの? 赤い靴を履いていた女の子と、どんな風に出会ったの? あの歌、好きだった? それともやっぱりイージンサンにおびえた? 私は眠れないほど恐かったんだ。あの女の子、本当はどうなっちゃったんだろう? イージンサンってどこの国の人だと思う? なんであの子、笑ってるんだろう?
2人の子どもは、突堤の柵のところに座り込んで、鳥の羽や石ころを集めて遊んでいた。のぞき込むと、お兄ちゃんの方が小さな貝殻を見せてくれた。生命の気配をまったく感じない港の公園だけど、やっぱりここは海なのだ。
小さな妹は裸足になってアスファルトにたまった砂を蹴り始めた。ようやくお母さんがこちらにやってきた。
「ほら、そんなことしないで、靴はいて」
14pの赤い運動靴が砂にまみれてころがっている。
彼女たちとは氷川丸のところで別れた。子どもたちにアイスクリームでも食べさせて、それからホテルに戻ります、いろいろありがとう。そう言って彼女は手を振った。
こちらこそ。おかげでとても珍しい場所に行けたんだもの。あなたもきっと行ってたんでしょう、さっき?
誰にでもすぐにわかるはずの場所に座り続けているあの女の子は、もしかしたら、時々身を隠すのかもしれない。そして、気に入った誰かを、めったに行けない場所に誘い出しているのかもしれない。
赤い靴の女の子は泣いてなんかいなかった。この場所でずっと笑っていたのだ。
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