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よみたい!ネット
エッセイ

 


第4回 横浜駅東口 三ヶ月遅れの追悼文<前編>


中北久美子  
 

 

もう少し、愛してあげることができなかったのだろうか。
失ってからする後悔がどれだけ不毛か、これまでの人生でいやというほど思い知らされてきたのに。
ましてや失うことは十分予測できたのに。
結局そうなるまで何もしなかった。
その場所を頻繁に訪れて、もっとしっかりと記憶の中に刻み込むことさえも。

 

◆◇◆◇◆

 

 ・・・はじめての「自分の場所」・・・

 

 私がそれを知ったのは四月も半ばを過ぎてからのことだった。
 前々からそんな予感はあった。なにしろ母体の存続さえ危ぶまれていたのだ。このニュースを告げる誰もが(しかもそれはごく限られた人々の口に上るくらいだった)、それはもう仕方ないことだと半ばあきらめ顔で、事実だけを伝えた。

 

 そしてこの五月、横浜から美術館がひとつ、静かに姿を消した。

 

 平木浮世絵美術館。
 浮世絵収集で世界的に知られる平木信二のコレクションをもとに、1972年に設立されたリッカー美術館が前身の、浮世絵専門美術館だ。浮世絵版画8000点の収蔵を持ち、一ヶ月から一ヶ月半の期間ごとに、テーマを変えて所蔵品を展示していた。
 横浜そごうの七階、版画やリトグラフを扱うアートフロアのいちばん奥に、それはあった。お歳暮、お中元、バーゲン、クリスマス……。どんなにデパートが賑わうシーズンでも、この一角だけは、常にピンと張りつめた静寂に包まれていた。ここに収蔵された江戸から明治初期の浮世絵たちは、順番にガラスケースの展示壁に飾られながら、自分たちの魅力を本当に理解する人の訪れを、静かに待っていた。
 つまり早い話、いつ行ってもほとんど人が入っていなかった。今はなき平木浮世絵美術館は、間違いなく、横浜駅周辺で年間通じてもっとも人口密度の低い場所のひとつだったはずだ。

 

 私にとってこの美術館は、横浜で最初に見つけた「自分の場所」だった。
 初めてここに足を踏み入れた時のことは忘れない。夫の転勤に伴って、富山から横浜に引っ越して、まだ一月とたたない頃のことだ。
 なにしろ、私は横浜にウンザリしていた。この街の暮らしにくさに。黒いスス混じりの空気に。坂道に。人混みの息苦しさに。保育園の待機児が、息子の同年だけで410人もいることに。この街は、それまで住んでいた富山とはなにもかもが違っていた。
「いいなー、横浜ライフをいっぱい楽しんできてね」
 三年間、一緒に子育てをしてきた富山の友人たちは、夫の転勤で横浜へ移ることになった私を、ちょっと羨ましそうに送りだしてくれた。けれども、彼女たちが「いいな」と言う横浜など、私の回りにはどこを探してもなかった。引っ越しの後かたづけもすすまない雑然とした社宅と、知り合いのいない不便な生活、そして、ごくありきたりの住宅地の風景。それ以外、何もないじゃない。私は悪態をついた。典型的な引っ越しウツだった。
 自分の選択でない転居で、三年ごとに生活の場を変え続けてきた転勤族妻の不平不満が、ここへ来て一挙に炸裂した。その矛先は街の風景一つひとつにまで向けられた。
 お散歩マニアを名乗る今、あの頃を思い出すと、笑ってしまうのだが。

 

 ・・・百貨店の片隅で・・・

 

 その日、私のいらだちは限界に達していた。温かく送りだしてくれた富山の友人たちに、なにか気の利いたお礼を探そうと、わざわざ電車に乗って横浜そごうまでやってきた。せっかく横浜にいるんだから、横浜らしいもの、富山では手に入らないもの、そしてできれば私がこの街でこんなに楽しくやってるよ、と伝えてくれるものを探したかった。けれど、なかなか気持ちにぴったりくるものが見つからない。ここ一週間ばかり、ずっとそれで頭を悩まし続けていたのだ。
 考えてみれば無理もなかった。自分が愛情を持っていない土地から、その街ならではのしるしを探すこと自体、そもそも矛盾しているのだ。一つのことに悩みはじめると、それが解決しないうちは、すべてうまくいかないような気がすることがある。この時の私がまさにそれだった。横浜発のプレゼントを見つけられなくては、ここでの生活は始まらないように思えたのだ。
 こうして、迷路のようなそごうの中を、あてもなくさまよううちに、気がつくと七階の一番奥まで来ていた。駅から地下街を抜けて、そごうに着くまで続いた人混みに酔ったのか、頭痛がしていた。おそらく無意識のうちに、人の気配が少ない方へ少ない方へと足を向けて、ここまでたどり着いたに違いない。目の前に、券売機がある。
 平木浮世絵美術館?
「月岡芳年 月百姿」というタイトルが書かれた、地味なポスターが目に入った。

 

 浮世絵について、さほど詳しいわけではなかった。美術の教科書で見た広重や北斎。ミステリーや、歴史の謎解き本のネタとして、しばしば使われる写楽や歌麿。ちょっと変わったところで歌川国芳。馴染みがあるのはそんなところだった。
 月岡芳年は、以前、おどろおどろしい作風の残酷絵など、何点かを画集で見たことがあった。大胆な筆致と退廃したエロチシズム、と、たしか解説には書いてあった。面白いけど、いつも見ていたい絵じゃないな、そんな印象。
 だから、入場券の自動販売機に千円札を突っ込んだのも、特にこの作者の絵を見たいとか、浮世絵を見たいという理由からではなかった。しいて言えば、小さなエントランスの向こうから、誰かが呼んだような気がしたから。
 そんなことを言うのは、後出しジャンケンみたいで気恥ずかしいのだが、確かにこの時私の心は、ほんのかすかな気配にでも、呼ばれたらフッとついていってしまうくらい疲れていたのだった。

(→後編へ)

 

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