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よみたい!ネット
エッセイ

 


第6回 伊勢佐木町 ハマのかっぱとエスカレーター
     <後編>


中北久美子  
 

 

 ・・・エスカレーターを探して・・・

 

 なんとかキミちゃんの気を引きたいかっぱは、その後も一人の時を狙って、「はしけ」に上がり込む。そして、くすねたコーヒーがだいぶたまったから、コーヒー屋でもはじめようか、などと、野望を語ったりする。キミちゃんに、店ができたら来てくれるかと、熱心に尋ねる。
 すると、キミちゃんは意外なことを言うのだ。
『コーヒー屋。そうね。エスカレーターのあるコーヒー屋ならいいわ』
 もちろん、水に棲むかっぱには何のことだかさっぱりわからない。すると、キミちゃんは得意げに説明するのだ。
『あんたしらないの。デパートにある、とてもすてきなタラップ。ぴっかぴかにひかってさ、だまってたっているだけで、うえにもしたにも、つーつーといっちゃうの。わたしなんか、こんどエスカレーターにのりに、いくんだから』
(『』内引用)
 エスカレーターを「デパートにあるとってもすてきなタラップ」と描写するキミちゃんは、生粋の船上育ちの子どもだ。今でも横浜にこういう子どもはいるんだろうか。それとも町の発展と共に、過去のものになってしまったんだろうか。

 

 このくだりを読んだとき、ふと、キミちゃんがあこがれるエスカレーターは、どこにあるのだろうかと考えた。この頃、まだみなとみらいはおろか、横浜駅東口のそごうだってなかった。とすると、西口の三越、高島屋、岡田屋モアーズ? いやいや、なんかちょっと違う気がする。大岡川の「はしけ」に住むキミちゃんが、おとうちゃんに連れて行ってもらうデパートといったら……。
 答えはすぐに思いついた。
 このデパートは、絶対に伊勢佐木町の松坂屋じゃなくちゃだめだ。

 

 かっぱが思い描いたコーヒー屋の絵が裏表紙にある。その店には、アーチ型の窓と、アール・デコ風の装飾がほどこされていた。エントランスにはレトロな風合いのランプ。正面には「エスカレーターのあるコーヒーの店 かっぱ屋」の書き文字。
 そう、やっぱり、キミちゃんがあこがれ、かっぱがお手本にしたエスカレーターは、松坂屋のものじゃなくちゃだめだ。
 そんなわけで、有隣堂に本を買いに行くついでに、向かいの横浜松坂屋へ寄って、エスカレーターを確かめてみることにした。

 

 それが、私の伊勢佐木町お散歩デビューのきっかけだった。

 

 ・・・デパートのときめき・・・

 

 松坂屋の売場自体には、これといった特徴もない。天井が低く通路が狭い。大人になって再び訪れて、あれ? こんなに小さかったっけ、と首をかしげる。そういうサイズのデパートだ。
 だけど、すみずみにほどこされた細工が、最盛期の華やぎを伝えていて、そういうものを一つひとつ発見して歩く楽しみがある。
 私のお気に入りは、エレベーターの外扉上で現在の到着階数を知らせる、アナログ式のメーターだ。優美な曲線で飾られた時計状の針が、半円を描きながら階数を指し示していく。外国の古いホテルやオフィスビルで時々見られるレトロな意匠に、思わず見とれてしまう。

 

 目的のエスカレーターは、売場の中ほどにある。フロアからフロアへ、立ち止まったまま運ばれていくと、カラフルな売場が見る見る下になって、代わりに次の売場が少しずつ目の前に現れる。子供の頃、デパートで感じたワクワク感がほんのりと甦ったような気がする。
 何を買うわけでもない。一階から二階、二階から三階と上っていくエスカレーターは、キミちゃんにとってそれだけで魔法のように思えたに違いない。手すりの外側にアール・デコ独特の、曲線を多用した鉄の装飾がある。
 ほらやっぱり。
 あれから意識していろんなエスカレーターに乗ったけど、大きさといい、売場との距離といい、デザインといい、洒落者のハマのかっぱと出会えそうなのは、ここしかない。
 そう、キミちゃんはここで、陸に上がったかっぱを見かけたのだ。

 

 最上階まで上がって、そしてまた下がって来るとき、キミちゃんは交差する上りエレベーターに乗ったかっぱとすれ違う。
 青いベレー帽で皿を隠し、デニムのシャツにジーンズを着こなし、陸に上がったかっぱの絵は、ちょっと危険な色気さえ漂わせている。キミちゃんに来てもらうため、まずはそのエスカレーターを偵察してやろうと、意を決して運河から上がってきたのだろうか。不良少年の純情がいじらしい。
 かっぱは、すました顔でキミちゃんをちらっと見て、すぐに「いっしょうけんめい」前をむいて通り過ぎた。

 

 そして、その日以来、キミちゃんはかっぱに会っていない。かっぱはエスカレーターのあるコーヒー屋を作るために働いてるのかもしれないと、きみちゃんは考えている。……こんなふうに余韻を残して、物語は終わるのだ。

 

 ・・・かっぱはどこへ……・・・

 

 本当のところ、あれからかっぱはどうしているんだろう。コーヒー屋は完成したんだろうか。もしかしたら、塩っ辛さにケホケホ言いながら、稼ぎのいい港の方まで出稼ぎに行っているのかもしれない。でも、それが実を結ぶことはあるんだろうか。
 いずれキミちゃんは船を降り、陸の上で新しい人生を歩みはじめるのだろう。そして、町は形を変え、にぎやかだった繁華街は少しずつ衰退していく。居心地よいかっぱの住処は、ある日突然、再開発で埋め立てられてしまうかもしれない。
 これはもちろん、私の頭で作り上げた後日談に過ぎないのだけど……。何年も何十年も、港でせっせと働いて運河に戻ってきたら、あたりの様子はすっかり変わっている。かっぱは、呆然と埋め立て地に建てられた大規模マンションを見上げる。そんな光景をつい想像してしまい、なんだか切なくなってくる。
 だけど、この絵本の時代から25年経った横浜に住む私は、それもまた現実だと知っている。

 

 松坂屋を出て、少しだけ黄金町方向へ歩いてみた。
 いろんな人たちが、通り過ぎたり立ち止まったりしている。通り沿いには、平板な白色灯に照らされたコンビニと、こっそりとモダンを紛れ込ませたような、すすけたタイル張りの店舗が、なんとなく隣り合っている。昔ながらの安くておいしい飲食店がたくさんあって、だけどチェーン店も普通に繁盛している。いつもながらの伊勢佐木町の風景だ。

 

 ものすごい勢いで変わっていくものと、いつまでもそこにあるものが、それぞれのスピードで生きている。私が伊勢佐木町に心惹かれるのは、そういう「それぞれ」を、古くさいもの、安っぽいもの、荒んだもの、危険なものもすべて含めて、優しく受入れているような空気、なのかもしれない。
 帰る浜のない浦島太郎や、住処を追われたかっぱや、いつの間にかいなくなったキミちゃんのような子どもや……。そういう者たちがまだ横浜のどこかに潜んでいるとしたら、それはきっとこの界隈だと思う。

 

 前に来たときには営業していた映画館が二軒、いつの間にか閉館していた。裏道にオープンした、小さな古い玩具屋を見つけたのが、今日のお散歩の収穫だ。
 歩き疲れたところできびすを返し、ちょっとだけ有隣堂を覗いてから、モールの入り口にあるポンパドールでフランスパンを買った。そして、またベイブリッジを渡って、私はうちに帰った。

 

※ 「キミちゃんとかっぱのはなし」 神沢利子・作 田畑精一・絵 ポプラ社

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