HOME | BACKNUMBER | WRITERS' PROFILE | FAQ | CONTACT FORM | From READERS
A

よみたい!ネット
エッセイ

 

シリーズ またたび・猫日記
第3回 最初で最後のカバ

高橋真裕美  
 

 

 その電話で、私は不覚にも新幹線のホームで泣きそうになっていた。
「重吉が…死んだよ」
 電話の主は、写真家のM氏。重吉とは、名古屋市立東山動物園のカバの名前である。
「いつですか?」
「今朝。プールに浮かんでいる姿を飼育係が見つけたって。多分、昨夜のうちだろうね」
 撮影旅行中の車の中で、M氏は園からその知らせを聞いて、かけつけたのだという。
 享年推定53才。重吉は日本で最も有名なカバである。日本最長寿というだけでなく、先に他界した奥さんの福子との間に19頭もの子をもうけ、今やその6世(玄孫の子ですよすごいでしょ)までがうまれている。日本中で飼育されているカバのおよそ6割以上が、重吉、福子夫婦の血縁という、カバのゴッドファーザーなのである。
 かけつけたい思いにかられたが、出張しなければならない。KIOSKで夕刊を買いあさり、新幹線に乗り込んだ。
 折しも、この日は雅子様の御懐妊が大きく報じられた日。1面は笑顔の皇太子ご夫妻のカラー写真を飾っているものばかり。
 そんな1面をすっとばして、社会面のカバの写真を食い入るように見つめる私を(それも何紙も抱え込んでだ!)隣の席のおじさんが、ちらちらと不思議そうに眺めていたのは、いうまでもない。

 

 記事には、M氏のコメントも添えられている。M氏は、重吉との出会いをきっかけに、その子孫達の行方を訪ね歩いてきた。4年ほど前、ラジオのドキュメント番組を企画したとき、取材させていただいて以来のおつきあいになる。ちょうどその年は、東山動物園が、開園60周年を迎えていた。一番古株である(48年もいたのだ)カバの重吉の目を通して、東山はもちろん、20世紀の動物園が果たしてきた役割と、その未来を、探ろうというものだった。
 全国に子孫が暮らす重吉は、絶好の語り部である。その上、全国のカバの中で最後の野生のカバであるとM氏から伺い、その思いはなおいっそう強くなった。こういう番組づくりの仕事に携わるようになって、いつか、とり上げてみたいと思っていたテーマだった。それが実現しただけでなく、多くの動物園や自然と人間のつきあい方を真剣に考えている人たちとの出会いに恵まれ、その上、図らずもいくつかの賞までいただくことになり、私にとって忘れられない番組の一つになった。

 

 そして、そのO.A.のあった夏、重吉の奥さん福子が、逝った。M氏のインタビューを、カバ舎の前で録ったのが、春。その日は、カバ舎のプール開きだった。春の日差しにまどろむ熟年カバ夫婦の姿を思い浮かべながら、M氏は福子の訃報に
「重吉もがっくりして長くないかも…」
 と心を痛めていたっけ。

 

 それから4年あまり。
 重吉のほうが年上だったことを考えれば(人間だとゆうに100才は超えてるらしい)、野生では到底ありえない齢を重ねた事を考えれば、「大往生」には違いない。
 しかし、夜の飼育プールの中で、一人(というより一頭か)静かに天に召されて逝った姿を想像すると、新幹線のホームだろうが、中だろうが、隣に知らないおじさんが座っていようが、
「…涙がでちゃう」んである。

 

 動物園葬は、5月の17日に行われた。
「200人はいたかなあ…びっくりした」
 M氏が教えてくれた。この日も出張で、でられなかった恩知らずな私(重吉ゴメン)。だが、なんとか日帰りして、M氏、そして動物園葬の様子を取材に来ていたH女史と
「弔い酒だ!」
 と重吉を偲んだ。
 重吉からしてみれば、そんなこと、気にもかけてないことだとは、思うけど。

 

 でも、重吉は、私にとって初体験の相手。(あ、ヘンなこと想像した人、誰?)彼こそ「私が出会った初めての本物のカバ」なのである。
 私のアルバムに残っている、幼い頃、両親に連れられて出かけた動物園の写真。帽子かぶって、ミルキーの箱なんかもっておすまししてるんだけど、毛糸のパンツが見えてる私が
「絵本で見た、お話で見たカバってこんなお口がでっかいのね!本物なのね!」
 な〜んてカンドーしたのは、まぎれもなく、重吉と福子だったんである。
 重吉が東山にやってきたのは今から48年前。ず〜っと彼はそこにいるだけだったかもしれないけれど、私は、そこで、初めて「カバという動物を知り」、やがて「カバをふくむいろんな動物に興味を持ち」、大人になって仕事をするようになって「カバの目を通して地球の生き物の将来」まで考えてみようなんていう、大層な気持ちにさせてくれちゃったのだ。

 

 先日、動物園にひとり、出かけてきた。
 重吉とそのゆかりのカバたちを追った、M氏の写真展を覗いたあと、カバ舎へとむかう。カバ舎には、全国から送られた重吉を悼む電報や手紙が、飾られている。プールで遊んでいるのは、雌カバの「メイ」。2年前にメキシコの動物園から重吉の「後妻」として?やってきた。顔つきはまだまだ幼いが、以前、見たときよりも随分大きくなった。売店のおばさんにそういうと、
「重吉の子孫にあたるオスが、新しいお婿さんとして、もう来てるんだよ」
 とこっそり教えてくれた。
 ほどなく新聞にも紹介された。白浜のアドベンチャーワールドから来た「トニー」という3才半の雄カバだ。彼の足には、白い斑紋があるのだろうか。重吉、福子の子孫には、この印が出るといわれている。

 

 今度カバ舎を訪れたとき、きっと私は彼の足に白い斑紋を捜すだろう。もう、そこにはいない、初めて見たカバの事を思いながら。

 

クリックしてね
ブラボークリックボタン
 ブラボークリックについて
     
A
HOME | BACKNUMBER | WRITERS' PROFILE | FAQ | CONTACT FORM | From READERS