HOME | BACKNUMBER | WRITERS' PROFILE | FAQ | CONTACT FORM | From READERS
A

よみたい!ネット
エッセイ

 


第19回 さくらの季節がまた過ぎて

柊野ポネ  
 

 

 パソコンの横に、今、電子レンジがある。
 ただいまリビングのフローリング張替え中。ドア越しに、大工さんがドンカンやっているすごい音がしてくる。
 せまいわが家、モノも多くないからかんたんにすむわ、の軽い気持ちでこの日を決めたのだが、やりだしてみると家具の移動はせにゃならんし、掃除が行き届かない家の隅々までみられちゃうし、引越しと大掃除が一度にきたような騒ぎである。生活感を極力そぎ落として暮らしてきたつもりでも、その残骸に気づかないところで侵食されている。
 ユーガはユーガで学校から帰ってくると、大工さんの電ノコ姿に興味しんしんで目が離せぬ。案の定、大量の塵と埃に反応して目が真っ赤にはれてしまった。ただでさえ春先のクラス写真を撮影するちょうどこのころ、花粉症のアレルギーが重なって目が開かないというのにぃ。今年もベストショットは期待薄だね。まー、別にいいんだけど。

 

 しかし、ふと振りかえればこの地を住居と定めて10年目に突入である。海穏やかなれど波時々高し、の短くもない年月は、人生の楽と苦がぎゅっと凝縮した日々であった。突然自分に家族ができて、なんの準備もなく完成の間取りもみないで住みはじめた家だった。日ごろはけっこう思慮深く!生きているつもりなのだが、成人式、結婚式、自分に関しての人生のイベントはすべて投げうってきた私は、こーゆーとき、かくも大雑把になってしまうのが常である。
 夫も私もひとり暮らしを長くやってきたからそれぞれの部屋があったら、リビングがお風呂がもっと広かったらねぇ、と思いめぐらすこともある。ま、でもこのあたりが私たちのささやかな贅沢のないネグラなんじゃない?と、四季の花や緑も楽しめる静かな周囲の風景とともに、このちいさな空間をとりあえずは愛しんでいる。
 記念日に無頓着な私は、結婚10年のメモリアルにも特に計画すべきこともなし。(そういえばハネムーンにも行ってないんだった!)カッコよくいえば、毎日が記念日だよね、コドモなんかいると特に。へへ。それにそーよ、そんなことでくくれるほど安易でもないわ。

 

 だいだいがひとところに長く居座るより、環境が変わることが楽しめる方だった。それがユーガみたく行動が激しく、何クセもあるコドモをもつと、どこかに住いをうつすことは身軽にできなくなった。集合住宅は特にね。通学の範囲もあるし、学区が変わるとなかなかおおごとになってしまう。ショーガイ児は環境に慣れるのにも、まわりのヒトに理解してもらうのにも、やっぱり時間がかかるからねぇ。ちょっと二の足をふむ。
 でもさまざまな事情がからんでくると、卒業までの6年間で「変更」を考えなくちゃいけないときもある。学区の障害児クラスからよその学校の障害児クラスへ、はたまた障害児クラスから養護学校へ、ユーガのまわりにもショーガイをもって通常学級に通っているコは多いけど、高学年になると二つのクラスを行き来しながらすごすコもいる。ボーダーレスのコもふえている昨今ではあるので、この辺はなかなか複雑だ。
 障害児学級の場合、毎年担任が変わるわけじゃないから、先生とコドモ、先生と親!との相性も重要だし、いずれにしてもちょっと大事なひとつの決断のとき。
  「離婚して新しい生活をはじめるようなもんよ、希望をこめて」といっていたママがいたが、そうかもしれない。リコンしたことないからわかんないけど。

 

 そんなこんなで、春はいろいろな変化が一気に訪れるので、各方面から悩みが噴出する。どんな親でもそうだと思うけど、コドモの教育に関する悩みって、どれがいちばんいい選択なのか未来がわからないから、本当に切なく揺れる。毎日のように友人の母たちの話を聞いたりしていると、どれもみなユーガへの悩みの道に通じちゃう。
 傍からみていると、ヒトへのあたりも身のこなしにもいつも余裕があって、兄弟たちの子育ても完璧ね、と思っていた職場先の先輩お母さんが、軽いうつ状態で子育て放棄に走っているらしい、と他所から聞いたりすると、つくづく長く親でいることのむずかしさを思う。いっしょに仕事をしていて、その笑顔の裏にはそんな一面があるのか、と驚くけれど非難する気にはなれない。やっぱり複雑じゃないとやっていけないよねぇ。カウンセリングが自分でできちゃうヒトって、どこへいったら救われるんだろう?
 身のまわり半径数メートルのことを思い、わずらい、結局は自分のことしか考えていなかった10年前にくらべると、形のちがう幸せと、ヒトの悲しみに共感できるようになったのは、これもまた年月かしらん。

 

 この春は、ここ数年のおなじみであったご近所が、転勤が重なりまとめて引っ越されてしまった。私は集団での近所づきあいは苦手だけど、頻繁に行き来をしている友人たちとは別に、ここゾ、というとき助けてくれるお家は心強かった。たとえば、冷蔵庫が突然こわれて食材をあずけさせてもらったり、急用のときユーガを1時間ばかり(1時間というのが微妙なメドだな)みていただいたり、顔見知りだけど今さら本人に聞けないご近所の名前を電光石火のように教えてもらえるお隣。
 家族ぐるみで遊びに出かけたりはしなかったけれど、あたらずさわらず、濃い間柄じゃないところが理想的なご近所たちだった。お別れのあいさつにきてくれると、おたがいちょっと涙ぐんでしまった。気にも留めてなかった日常の大切さをちょっと思う。

 

 きのうの夜のニュース。爆撃を受けて親族と自分の両腕を失ったイラクの少年の姿がまたうつっていた。「ぼくはこれからどうやって生きていけばいいの?誰もぼくのいまの痛みなんかわからないよ」。

 

 まず、平和に生きられることを感謝して。それから、とにかくまたやっていかなくちゃね。明日できることは明日にしながら。ここのところ、ちょっと虚ろ気味だったんだ、流れてくる戦場の映像が心に入り込んでるせいなのか。小ギレイになった部屋の窓から、いつのまにか姿がみえるように大きくなった公園の桜の木。青々とした葉が風にゆれていた。

 

クリックしてね
ブラボークリックボタン
 ブラボークリックについて
     
A
HOME | BACKNUMBER | WRITERS' PROFILE | FAQ | CONTACT FORM | From READERS