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コラム

 

2001年・断流に立つ・・・<後編>


針川英智  
 

 

 前編では、巨大化や集中化といったこれまでの趨勢に乗って得た人間社会の繁栄と、その代償について述べてきた。後編では、この趨勢の限界、そしてこれからの新しい流れとその可能性について、考えてみたい。

 

拡大期の終わり

 

 変化は始まったばかりだ。まだその先ははっきりとは見えていない。
 こうした段階では、これが正解、という単一の結論は出せない。いくつかの仮説が競い合って、徐々に最適な方向に集約していくものであろう。

 

 これまでの仕組みも簡単にできたものではなかった。
 現代の国家の枠組みができたのもほんの数世紀前のこと。会社という仕組みも同様。様々な形態ができては消えた中で、この仕組みが生き残った。

 

 共通しているのはピラミッド型の階層構造を持ち、情報が上下に流れていくこと。
 上方向には情報提供、下方向には命令という形で流れるが、同時に上方向に行くほど抽象的、全体的、下位方向に行くほど具体的、部分的だ。
 この分担がスムーズで滞りがないほど全体はうまく動く。このためできるだけ各階層の構成要素は標準化しておく必要がある。
 また、状況に応じた対応のため、同一階層上に専門的な要素を機能分化させておく。

 

 ピラミッド構造をシステムとして動かすために、昇進という動機付けが行われる。下位者が上位者の働きを修得し、何らかの働きがあれば上位へ進めるしくみだ。有能な上位者の補充という一石二鳥の働きがあるため、これは非常にうまくいった。

 

 しかし昇進がうまく機能するのは、戦時中の軍隊のように次々と上位層に欠員が出る場合(平時は退役というのがある)と、ピラミッドがどんどん大きくなる場合に限られる。

 

 なんといってもピラミッド構造だから、上位層の欠員がないと上へは上がれない。
 また、ピラミッドの大きさが変わらないときも昇進はない。昇進がないと、個性と多様性を否定されている構成員は、一定の型にはめられたまま過ごさねばならないため、志気とスキルが落ちてくる。

 

 つまり、ピラミッドの機能を維持するためには、トップは間断無くピラミッドを大きくする必要があると言える。
 しかし、ピラミッドを無限に大きくすることは不可能だ。

 

 現在、私たちの社会はこうした仕組みで動いている。間断無く、否応なく大きくならないとうまくいかないシステムに組み込まれてしまっているわけだ。
 これがどうやら限界に達してしまった。

 

 20世紀後半は徐々にその咎めが顕在化してきた時期でもあったが、これまでこのシステムがあまりにもうまくいきすぎていたため、人々はこれに代わる新しい仕組みをいまだ見いだせないでいる。しかしながら、新しい解決法への模索は既に始まっている。
 やがて、徐々に蒸気機関車が置き換えられていったように、これまでのシステムも郷愁とともに思い出される日が来るかもしれない。

 

繁栄の意味

 

 バブル崩壊後、不況が長く続いている。
 GNP が 3% 程度を境にそれ以下なら不況、以上なら好況とされている。現在はエコノミストの予測で 1% から 2% の間くらい。これ以下だと失速なのだそうだ。個人消費が伸びない、企業の投資が足りない、財政の支出が足りない・・・・・

 

 でも、ちょっと待ってほしい。
 この発想はどう見ても過去の趨勢の連続線上にある。すなわち、成長、拡大を必須とした見方だ。

 

 私たちに必要なのはこれ以上の経済の繁栄なのだろうか?
 もっとたくさん家財や電気製品、衣料が必要か?もっと頻繁に高級料理を食べたいか?大邸宅に住み、高級車を乗り回したいか?
 まあ、私だってそれに越したことはない。

 

 でも、そのために支払う対価を考えてみよう。
 膨大な輸入品はどこから来ているのだろうか。地域コミュニティーを破壊し、子ども達の考える力を奪い、大量のゴミの山を積み上げ・・・・

 

 成長と拡大への指向は、戦後の荒廃の中で、ある程度の生活水準を得るためにはやむを得なかったかもしれない。しかし最低限の生活レベルは達成できた以上、そうした必要は発展途上国へ譲るべきだ。現在、エネルギーや資源消費の非常に大きな部分を占めているのは、本来、もうそんなには必要としない先進国なのだから。
 子供が成長して立派な大人になったとき、身長が伸びないからと心配するだろうか?むしろ、際限なく伸びたり体重が増えたりするのは異常だ。

 

 ところで、これまでの仕組みを円滑に動かしてきた要素に、貨幣という概念がある。
 物やサービスを、単一の貨幣価値に置き換えることで、巨大で複雑なシステムを単純化し、円滑に運用することができた。
 国家にしろ会社にしろ、その規模や質を単純に貨幣価値で計ることができる。GNP もそうだし、資産価値とか売上高、利益、あらゆるものを貨幣に換算することでその実体の大きさや成長性、効率性などを把握することができる。

 

 これも人類の卓越した発明だ。ただ、あまりにもうまくいきすぎたために、これが全ての価値を表す事ができると錯覚する人たちが増えた。
 あきらかに貨幣価値では計れない豊富な分野が存在する。
 例えば、私たちの精神活動がそう。未来に起こりうる可能性や全地球的な環境を貨幣価値だけで計ろうとするのは愚かなことだ。

 

 経済活動は人々の多様な営みの中の一つの要素でしかない。
 経済的条件は満たされる必要がある。ただ、十分な条件が満たされれば、それ以上に経済的成果を追求する意味がどれだけあるのだろうか?

 

 既に成長と拡大の限界や弊害が顕在化した現在、これまで後回しにされてきた他の要素、貨幣価値で計れない多くのことに目を向ける時なのだ。
 それが何か、目を向けることによってどういう果実を生むのかはまだはっきりとは見えていない。
 しかし、成長と拡大に限界が見えてきた以上、来るべき繁栄は現在の趨勢の先に無いことだけは確かだ。

 

それぞれの豊かさを求めて

 

 これまでの趨勢は、絶え間ない成長と拡大を要求されるピラミッド構造を土台としている、という事を述べてきた。
 では、そうではない趨勢を支える構造とはどんなものだろうか?

 

 可能性の高いものとしてネットワーク構造がある。

 

 ネットワーク構造の特徴は、階層を持たないということだ。
 ピラミッド構造では命令と報告という異質の情報が上下に流れていた。しかも、上下階層を通過するときに情報の集約(上向き)や展開(下向き)という情報の変換が行われた。
 ネットワークでは情報はリレー式に多方向に伝達される。集約や展開は行われることがあるが、基本的にそのままリレーされる。

 

 ただ、現在まではリレーされている間に情報が変質してしまうこと、階層構造に比べて伝達経路が多く、広範囲には伝達不可能だったことから、大きな規模のネットワークは形成できなかった。
 この限界を解消するのがIT技術であり、非常に高速で大きなネットワーク構造が形成できる、という点が極めて重要なのだ。

 

 ネットワーク構造はまた、柔軟な構造でもある。
 ピラミッド構造ではその形態を変更できないため、構成要素の追加は常に下位から行われる。構造の一部が壊れたり、機能不全に陥ると、その下位構造全てが機能不全に陥る。
 ネットワーク構造はその一部が壊れても迂回リレーによって全体は影響されない。ネットワークへの参加や離脱も自由だ。

 

 ピラミッド構造では、階層ごとに決まった役割、機能が要求される。でなければ形態を維持できないからだ。同様の理由から、「足抜け」を嫌う。要求される役割、機能を逸脱した個性は排除される。
 これに対し、ネットワーク構造で重要なのは隣接関係である。参加と離脱が自由なため、隣接関係が不適切なときはいつでも自由により適した隣接関係のネットワークへ移動できる。

 

 また、ネットワーク構造では、ピラミッド構造と違って、規模の拡大自体は必須条件ではない。人間一人が処理できる情報量には限界があるから、必ずしも規模の利益が働かないのだ。

 

 これまでのシステムでは集中化によって拡大と効率化を追求してきた。
 新しいシステムは分散による最適化ではないだろうか。
 個々にユニークな能力や得意分野を持った人たちが、最適な隣接関係を求めて自由にネットワークを形成していく。

 

 情報だけではない。
 新しい流れとして、電力供給の分散化の潮流も始まった。巨大な発電所から多数の事業所や家庭に送電するのではなく、コジェネレーションシステムや太陽熱発電によって、個々に必要な電力だけを発生させて使う、という形態が実用化されつつある。
 物流の形態も巨大な集積所に集荷して再配分するのではなく、ジャストインタイムで最も効率良く目的地へ運ぶ方法が徐々に実用化されつつある。
 生産現場も単品大量生産から多品種少量できめ細かなニーズに対応できる仕組みへの転換が要求されている。

 

 誰もかもが単一の貨幣価値と規模の拡大に奔走することなく、それぞれに異なった価値観を求め、必要とするネットワークを形成することによって、人が真の充足を得られる可能性は大きくなってきたように思う。
 それはまた、大きく環境負荷を減らし、私たちの資産を損なうことなく、次の世代に引き継ぐことに繋がるだろう。

 

 私たちの失ったコミュニティーは異なった形で取り戻せるかもしれない。
 時間や場所に関係なく多様な人たちの交流の場が増えることで、子ども達もふたたび各々の可能性や理想を持つことができるだろう。
 「一流の学校、一流の会社」と尻を叩かれることがなくなれば、ふたたび子ども達の賑やかな笑い声が街角で聞けるようになるかもしれない。
 

 

 集中から分散へ。画一化から多様化へ。独占から共有へ。拡大から安定へ。
 私はこれを「断流」と呼ぶ。そして、私たちは今まさに、断流の時に立っている。

 

Think globally, act localy!

 

 吹けば飛ぶような個人でも、世界の大きな流れに目を凝らしておくことは必要だ。好むと好まざるとにかかわらず、その潮流と無縁ではないからだ。
 あきらかに社会は今、大きな転換点を迎えている。

 

 そうした流れの中で、私たちはどう行動していけばよいのか?
 こうすべきだ、という一般解はない。個々に判断すべきなのだ。

 

 そうではあるが、一つの例として、私なりのアクション計画のようなものをご紹介しておこう。予定は未定にして決定にあらず、というから、少しづつ変わっていくかもしれないが。

 

 基本的にはネットワーク社会に賭けてみたいと思う。

 

 何と言っても経済的基盤は必要だから、現在の仕事をまず安定させることが第一だが、同時に仕事を通じてネットワークを生かせないかを追求していこうと思う。
 試行錯誤になるだろうが、ビジネスの単位としてのネットワークが実現できれば、一つの成果かと考えている。
 そして、これまで述べたような社会的な変化が、どのように実際起きていくのかを見続けていきたい。
 また、会社にしないのかとよく聞かれるが、そうしたくない理由はこれまでの話の中で分かっていただけるかと思う。

 

 ドジを踏めば消滅してしまうかもしれないが、リスクは何にでも付き物。
 それでも既にネットワークを通して素晴らしい人たちと巡り会うことができた。これからどのような人たちと出会えるか?わくわくする。
 これこそ、私にとってリスクを犯すに値する大きなリターンなのである。

 

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