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よみたい!ネット
ショートストーリー

 

ムーンライト・パフェ


かなりあ月子  
 

 

 その部屋をあけると、清潔な花の香りがした。電気のスィッチを入れると、いくつもの間接照明の中に、白い部屋が浮かび上がる。香りの主は、白い薔薇だった。無色透明のおおぶりのフラワーベースに活けてある。密閉した部屋の中で濃縮され、白薔薇の香りはその性格以上に自己主張しているようだった。この部屋の住人のように。

 

 久しぶりに姉の部屋へ来た。彼女は10時ごろ帰ると言っていた。大手広告代理店の管理職である。フリーターのあたしとは、格が違う。と、いつもすねている私だが、その実、姉が自慢で仕方ない。
 この春、40歳になった姉、木ノ内優奈は、とてもその年齢には見えない。独身を貫いているせいかもしれないが、彼女は20代の頃から、透明感のある美しい人で、年齢がよくわからないタイプだった。
 父の前の奥さんの子で、私の母とも仲が良かったが、大学に入ると同時に一人暮しを始めた。12歳年下の私を昔も今もとても可愛がってくれるが、本当に心を開いてくれているのか、計り知れないところがある。10歳のときに亡くなったお母さんは、優奈そっくりの美人だったと、父の友人から聞いた。私の母は明るい人だが、優奈には少し、遠慮している気がした。
  優奈は父の再婚を、どんな思いで受け止めたのだろう。結婚しない遠因になっているのではないか。聞いてみたいけどなかなか聞けない。多分、私も優奈にどこか遠慮があるのだろう。

 

 それにしてもこの部屋。時代の先端を行っているとは言い難い。電話も黒電話でこそないが、留守番電話もないダイヤル式だ。陶器と真鍮でできた、置き物みたいな、けれどアンティークショップで買ったら高そうな、そう、古い洋画に出てくるような電話だ。テレビもない。もちろんパソコンもない。シャガールのリトグラフと白いカップボード。白い皮張りのソファ(多分アルフレックスだ!)にオットマン。そしてフローリングに直接置かれたガラスの中の白い薔薇。目に付くのはそれくらいである。
 パラサイトシングルだなんて失礼なこと言われちゃう、親元の私の部屋のほうが、よっぽど電化製品が多く現代的だ。

 

 キッチンには、少しは生活感があるが、なんだか汚してしまうのが怖いくらい綺麗だ。たまには料理もするとは聞いているが、据え付けのオーブンなんか使って、たいそうなものを作るんだろうな。きっと、片桐君にもご馳走してあげたに違いない。

 

 そう、片桐君。今日は、片桐衛のことで、優奈に話があって来たのだ。
 夕方、彼女の会社のフロントへ行き、携帯電話で呼び出したら、部屋で待っていてと鍵を渡された。スーツ姿の彼女はりりしくて、Tシャツにジーンズの私は少し気後れしてしまったから、そのまま頷いたのだ。

 

「カザハちゃん。ただいま」
 勝手にワインをあけて飲んでいたら、9時過ぎ、優奈は帰って来た。早めに切り上げてきてくれたらしい。
「今日は泊まっていけるでしょ?ごはんは済んだと思ったから、ちょっとおつまみを買ってきたわよ」
 紀ノ国屋の紙袋から、チーズやフルーツを出しながら、優奈は美しく微笑む。
「ユウちゃん。片桐君をあたしから盗る気?」
 あぁ。私は姉に比べてなんて下品なんだろう。いきなりこれだもの。
「カザハちゃんたら、面白いこというのねぇ」
 姉はガラスの皿に食べ物を並べながら、本当に楽しそうに返事をする。肩まである髪がふわりと揺れて、細面の顔がこちらを向く。姉妹なのに、全然似ていない。容姿も、性格も。それは、子供の頃からいやというほどわかっていたのだが。

 

「マモル君と喧嘩でもしたの?」
 マモル君・・・。
 片桐衛は、私のことを付き合って1年たつのに『木ノ内さん』と呼ぶ。だから、私も『片桐君』と呼んでいるのだが、姉はこともなく『マモル君』と呼んだ。そして、許せないことに片桐君も姉のことを『優奈さん』と呼んでいるのだ。

 

 

 片桐君は広尾の喫茶店の雇われ店長。おしゃれなカフェが並ぶ表通りから横道に入ってしばらく行くと、小さなアンティークショップがある。その隣にひっそり建っている、時代がかった喫茶店。それが「ルナ」だ。ちょっと隠れ家っぽくて、私は好きだ。もちろん、片桐君がいるせいもあるけれど。
 彼は、私と同い年で、私と同じ身長。メガネはかけているし、髪は染めていないし、もちろんピアスもしていない。「ルナ」にぴったりの昔っぽい青年なのだ。
 けれど、とても綺麗な目をしている。口数は少ないが、本当に優しい。これまで付き合ってきた男の子たちみたいに、おしゃれなデートスポットには連れて行ってくれないかわり、電車に乗っていろいろな町へ行き、彼のお気に入りの散歩道を私と歩きながら、ギリシャ神話や星座の話、月がテーマの民話などを、ぽつりぽつりと話してくれる。その声がとても心地よくて、ぎこちないキスもなんだか嬉しくて、私はどんどん、片桐君が好きになっていったのだ。

 

 片桐君の店に、なぜ優奈を連れて行ってしまったのか。今となっては後悔するしかない。
 あの日は雨で、もうすぐ優奈の誕生日で、両親から彼女の欲しそうなものの探りを入れろなどというのん気な命令を受けていて、彼女と待ち合わせをしたのだった。
「取引先と打ち合わせがあるの。広尾なんだけど、出てこられる?」
「あ、それなら・・・」
 私は少しもためらわずに、「ルナ」の場所を説明し、自慢の姉を片桐君に紹介できると喜んでいる自分を、少しだけ恥じていた。

 

「もうすぐお誕生日なんですか。それなら、少し早いけど、特別メニューのプレゼントをしようかな」
 メガネの奥で、優しい目が微笑んだ。片桐君と優奈が、どこか似ていると思ったのはこのときだった。彼は、私にはミルクティーを、そして優奈には見たこともないパフェを持ってきた。
「これは?」
「ムーンライト・パフェ」
 ヴァニラのアイスと丸くくりぬいたメロンと洋梨、ホイップクリームにキャラメルソースがかかり、上にはアラザンの銀の粒が輝いている。少し、リキュールの香りもする。どこか、古風な印象のあるデザートだ。もっとも『ルナ』で見れば、どんなスィーツも古風に映りそうだけど。

 

「素敵な彼ね」
 帰り道、ベージュの傘の下で、優奈が言った。前を向いたまま。

 

 

 たっぷりと大きめのブルゴーニュグラスを持って、優奈はリビングルームに来た。ガラスのテーブルに置いた私のグラスに、私があけたワインを注ぎ、自分のグラスにも注いだ。この人の化粧崩れした顔を見たことがない。思わず感嘆しそうになる自分をこっそり叱り、私は姉に抗議した。
「片桐君は、ユウちゃんと会ってから変わったわ。ユウちゃんが『ルナ』に来てくれたってすごくはしゃぐし、ユウちゃんのことばかり聞きたがる。ここにも遊びに来たんでしょ」
「私はね、『ルナ』が好きなのよ。落ち着くの。広尾にはよく行くから『ルナ』でお茶を飲みたくなるのよ。マモル君は、カザハちゃんの彼だからとても大切に思っているわ。でも、それだけ。ここに来たのも一度だけ。接待で酔っていた私を送ってくれたのよ」
「じゃ、どうして片桐君は最近、私といても上の空なのよ」
 言ってしまった後で、私は悔いた。優奈は悲しそうな目をして、私をみつめた。
「カザハちゃん。それは、あなたの問題ね」

 

 時代錯誤の気取った部屋の、気取ったバスルームを使い、気取ったセミダブルベッドで横になり、気取った姉にオトコを盗られそうな木ノ内風葉はまんじりともせず朝を迎え、隣で眠る天使のような姉の寝顔になぜかくちづけをして、逃げるように帰ったのであった!

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