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夢の中で、私は公衆電話を探しつづけた。ようやく見つけた一台には、使用禁止の張り紙があった。次に見つけた一台は、入れた10円玉が落ちてきてしまう。受話器をとってからお金を入れるのか、その逆だったか、一瞬混乱した私。もう一度やり直したが、これもやはり、壊れていた。
走って次の電話を探す。私は焦っていた。多分、とても急いで電話しなくてはいけなかったのだ。ようやく見つけた使える電話。ところが今度はダイヤルにかける指がふるえてしまって、うまく回せない。すごく寒いのだ。
指をかける数字をまちがえた。やり直したが、またまちがえた。
正しい数字をなんとかつかまえても、銀色のツメまでもっていく途中で指がはずれ、ダイヤルが戻ってしまう。
私は泣きそうになる。リコ・・・と私の名を呼ぶあの人の顔が浮かぶ。
「東郷さん!」
自分の小さな叫び声で目を覚ました。実は、夢の中でこれは夢だとわかっていた。まったく、何度同じ夢を見るのだろう。
隣で、もうすぐ2歳になる娘が、やすらかな寝息をたてていた。絵本を読んで聞かせてから、子守唄を歌い、私も一緒に眠ってしまったようだ。おさなごを起こさないようにそっと身を起こし、布団からすべり出る。
寝室の襖を開ければそこはリビングで、パソコンに向かう夫の背中があった。
「まだ寝ないの?もう真夜中だよ」
声をかけると、直樹は笑いながら振り向いた。少し寂しげな目。
「あのねえ・・・」
「あ。聞こえちゃった?」
寝言で昔の恋人の名前を叫ぶ妻。直樹を何度も傷つけている私。こんなに幸せなのに。こんなに大事にしてくれているのに。
「ちょっとだけ、ドライブしようか。美緒はすぐに起きたりしないだろ?」
直樹の誘いに、ちょっとだけなら、と頷き、私たちは深夜の街を少し走った。
「また、夢を見たの?」
「昼間、マライアのあの曲を聞いちゃったからかな」
「もう、クリスマスだもんな」
「ごめんね。いつまでもこんなんで」
横顔は微笑んでいる。ハンドルを軽く握っている大きな手。左手が離れ、大きく弧を描いて私の頭の上に置かれた。温かい。
「あの店に・・・」
「え?」
「あの店に行っておいで。クリスマスイブ」
「どうして?」
「最後に会うはずだった店に、ひとりで行きなよ。明日、予約しておいてあげるから。そうして、ディナーコースを最後まで食べておいで」
「そんな。イブは家族で過ごす大切な夜よ」
「彼と、ちゃんと終わってきて欲しいんだ。東郷さんと」
東郷俊平は、7年前の恋人だ。彼は当時、友人の西山明とアパレルの会社を興し、イタリアを中心にヨーロッパに服を買い付けに行くバイヤーとして、忙しく働いていた。そして私は、そんな彼の会社を取材したフリーライターだった。
秋のはじめ。私たちは出会った瞬間、恋に落ちた。それは、本当に、純粋に「恋」だった。生活も、将来も、不安も約束もない。まるで、夜の遊園地で束の間の幻想の世界を笑いながら遊び回るような、無邪気で楽しいだけの恋だった。
そして、束の間の夢は3ヶ月で終わってしまった。遊園地の光の海に、ひとり取り残された私。
◆◆◆
「お久しぶりね」
「本当に」
彼は、7年前と全く変わらない笑顔でこたえた。少しはにかんだような、けれど輝くような。引き締まった焼けた顔に白い歯がまぶしい。上質でシックなキャメルのジャケットに、同色の、これも風合いの良いシャツをノータイで着ている。そうだった。彼はファッションの世界の人なのだ。私はふと、自分の装いに引け目を感じた。気に入って買った、ファーの襟のついた黒いカシミアのコートだったが、平凡だ。
そのコートを店の人に預け、マホガニーのカウンターが艶やかな、ウェイティングバーを抜けて、フロアに入る。あの日と変わらないバーの佇まいに、胸の奥がズキンと痛んだ。
窓際の席に案内された。庭にイルミネーションが施され、大きなクリスマスツリーがひときわ美しく輝いていた。ガラス窓に映り込んだ他の席を見渡す。若いカップルもいたが、ほとんどは年配の夫婦と見受けられる紳士・淑女で、それぞれのテーブルに置かれたキャンドルの灯りの中、睦まじく食事を楽しんでいた。
その店は、古い木造の洋館を改築した品のいい建物で、閑静な山の手の木立の中にあった。7年前、東郷が、隠れ家のようないい店を見つけたから、イブはそこで食事をしようと言ったのだ。あの日は、ウェイティングバーまでしか入ることができなかったのだが。
「本当にいいお店ね」
私は彼に語りかけた。もちろん、心の中で。何故なら、今、目の前にいる東郷俊平は幻なのだから。
7年前のイブ、彼は交通事故で亡くなった。
「お子さんは何歳?」
「もうすぐ2歳よ」
「リコがママになったのか。ちょっと信じられないな」
クリスマス特別コース。可愛らしいアミューズの後、オードブルが運ばれてきた。オマール海老とホタテの貝柱のガトー仕立てだ。東郷さん、ごめんね。あなたの分までは、直樹は予約してくれてなかったみたい。
「誰と結婚したの?」
幻の東郷俊平が私にインタビューしてくる。
「あなたも知ってるでしょ。一度会ったことあるはずよ。大学時代の友達の日向直樹。直ちゃんよ」
「ああ、一度紹介してもらった。彼はいいよね。リコのこと、よくわかっているし」
私は少し気まずくなる。直ちゃんとの長い付き合いに比べて、私と東郷さんとの3ヶ月って、なんてはかないのだろう。直樹を含めた大学からの友人たちに東郷俊平を紹介したあの日、まさか直樹と結婚することになるとは思いもしなかった。
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