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駅に降り立つと、あの海のにおいがした。海のにおいなんて、みんな同じなのかもしれないけれど、胸の奥が震えるような懐かしいこの香り。やはりわたしにとっては特別なのだと思う。
わざと鈍行列車を選んで乗った。少しずつ少しずつ、この町に近づきたかった。五月の、無節操なほどに機嫌の良い天気の日に、朝早く電車に飛び乗り、ここまで揺られてきた。わたしのきもちは限りなくブルーだったけれど。
車窓から見る景色は、最初のうちはどこも同じようだったが、終点に近づくと明らかに色彩が濃くなってきた。それは、時間の経過による光の変化ももちろんあるのだろうけど、なにせ田舎なので緑のヴァリェーションも多く、この季節はあざやかな色の花々も咲き乱れているのである。ツツジの生垣の向こうに広がるポピーの畑。ガーデニングを楽しんでいるおもちゃ箱のような愛らしい家々。心がいつのまにか、ほどけてしまいそうだ。
その町は、驚くほど変わっていなかった。といっても、私が六歳のころ、たった一年間住んだだけなので、記憶はあいまいなうえ、思い出も決して多くはないのだが。
駅前にあるあのお蕎麦屋さんには、両親や妹と何度か入ったことがあった、とか、いまどき珍しい赤い筒型のポストがそのままある、とか、その程度である。
いや、もっと何か形になっていない別のものが変わらずにある。それはこの、海のにおいととても相性の良いものだということはわかるのだが、光なのか風なのか、人々の歩調と雰囲気なのか、あるいはその全てなのか、よくわからない。多分、この軽やかさだ。わたしが幼いころ過ごしたこの町の、この軽やかなきもちのよい気配。それは今またおとなになったわたしを優しく包み込んでくれるようだった。いや、おとなになりきれていないおとな、のわたしをだ。
二十二年前。六歳のわたし。
父の転勤で、わたしたち一家はこの町に引っ越してきた。なだらかな丘陵と森と海が、まるでおとぎばなしのように美しいこの町に。小学校の入学式に間に合うようにと、春まだ浅い三月の引っ越しだった。
わたしと二つ下の妹は、この町に来て、生まれて初めて海を見たのだった。移動する車の中から光あふれる水面と遠くまぁるい水平線を目にして、わたしたちは言葉もなく、手を取り合ってふるえていた。
新しい家は、父の会社が管理する木造の一軒家で、こざっぱりとした、風通しも日当たりもよい住宅だった。わたしと妹のエリは、着くなり階段を駆け上がり、二階の窓をあけ放った。思ったとおり、そこからは青い青い海が見渡せた。うっとりと、とても満たされたきもちになった。
そして、わたしは知った。表からは気がつかなかったけれど、すぐ裏手に隣家があるのだ。それは時代がかった白いペンキ塗りの洋館で、庭の木立ちに遮られて、二階の窓からでも全体を見渡すことはできなかった。
父の話では、昔、どこかの国の外交官が別荘として造り、長い休みのたびにやってきて暮らしていたが、後に人手に渡り、今は日本人の家族が住んでいるとのことだった。
さっそくわたしたちはこの隣人に挨拶に行った。顔を見せたのは、若い女性で、子供のわたしが見ても、本当に誰かのおかあさんとは呼べないくらいあどけない感じだったが、息子と二人でここに住んでいるのだと言った。そのときには、その息子は姿を見せなかった。
事情がよくわからないまま、わたしたち一家は普通に近所づきあいをしようと試みたが、この女性はあまり表に出たがらない様子だったし、彼女の家に客人が入るのを見ることも少なく、人との接触を避けているようにも思われた。
それでも母などは、手作りのお菓子のおすそわけだとか言いながら、たびたび隣を訪問していた。
そして、わたしはといえば、妹のエリを連れて町中を冒険することに没頭していった。
「ユリ、あまり遠くへ行ってはだめよ」
母の声を背中に聞きながら、わたしたちは毎日のように外へ飛び出した。
ある日、いつものように朝食後、海岸を散歩していると、エリが帰りたいと言い出した。仕方がないので今来た道を戻ろうとしたが、ふと気が変わって、細い林道を通ってみることにした。
それは、もしかしたら、誰かの私有地だったのかもしれない。ほんの数十メートルだったのだろうが、子供のわたしたちには長く入り組んだ、そしてちょっぴり怖い、魅力的な道だった。そう、素敵な冒険コースを見つけた思いで、胸がときめいたのを思い出す。
木漏れ日を浴びて、たんぽぽやシロツメクサがたくさん咲いている道だった。わたしたちは花摘みをしながら歩いていたのだが、やがて前方に、わたしと同じ年ごろの男の子を見つけた。切り株に腰掛けている。彼の方でもこちらに気づき、ひざの上で拳を握りしめて緊張しているのがわかった。
「こんにちは。岬エリです」
愛想のいい妹のエリが先に声をかけてしまい、わたしは焦った。普段は甘えん坊でちょっとぼんやりしている妹だけど、実はわたしよりずっと勇気があるのだ。この性質は、おとなになっても変わっていない。とにかく、なんて返事をされるか、わたしは怖かった。知らん顔されたら悲しいな。
「こんにちは」
でも、男の子は思いがけないくらい優しい顔で微笑んだ。それはもう、とろけそうなくらい、可愛らしい顔だった。
こんにちは。こんにちは……。なんて素敵な言葉なんだろう。
◆◆◆
「もう、俺たちだめかもしれないな」
なだらかな坂道を登り、海が見えてきたら、急に昨夜の夫の声が聞こえてきてしまった。ただ思い出しただけなのに、心臓のあたりがぎゅっと掴まれたように痛い。痛くてたまらない。
だめかもしれない。そう、わたしも毎日そう思いながら悶々としていた。でも、まさか夫の方から夫婦の終わりを予告してこようとは思わなかった。
こんなふうに、これといった特別な理由もないまま、楽しくない、虚しくなる、そんな漠然とした不快感だけを根拠に、人は離婚なんてできるものだろうか。
来月には四回目の結婚記念日を迎えるはずのわたしたちである。彼は広告代理店の営業で、わたしは画廊勤務。五年前に、ある陶芸家の企画展で仕事を通して知り合い、恋愛して結婚した。
四つ年上の彼は落ち着いた雰囲気の人で、わたしよりずっと大人だった。しっかり者と見られるわたしは、実はとても気が弱く人見知りも激しい。ずっと、彼に頼りきってしまっていたかもしれない。でも、わたしたちはとても仲が良かったはず。それなのに……。
いつからだろう。二人の会話が途絶えがちになったのは。
倦怠期っていうもの? 子どもができないから? 仕事が忙しすぎてお互いに疲れているせい?
いや、いつもわたしが不機嫌な顔をしていたせいだろう。彼はもう、不機嫌なわたしと付き合うのに、ほとほと疲れてしまったのだ。そして、わたしの不機嫌は、仕事の忙しさからの疲れではなく、漠然とした不安と焦りだった。
「別れるの?」
「わからない。ちゃんと考えよう」
「あなたは別れたいの?」
「……。君は幸せそうじゃない。一緒にいるのが嫌なんじゃないのか?」
「あなたこそ幸せじゃないんでしょう? わたしにがっかりしているんでしょう?」
「今日はもう疲れたから、明日、話し合おう」
「何も質問に答えてないじゃない。明日までこんな気分のまま待つなんていやよ」
「ごめん。悪かったよ。とにかく今日はもう、寝かせてくれ」
とげとげしい言葉のぶつけ合い。腹の探り合い。実のない会話。諦め。
でも、眠れぬままわたしは、考えていた。明日、話し合っても、どうせいい結果なんて出せない。彼はわたしに失望しているし、わたしは彼を喜ばせるために幸せなふりなんてできない。何故って、こうなってしまったのはわたしのせいばかりじゃないもの。でも、今の彼にそれを言っても、届かない。彼は、笑わないわたしを見て、いらいらするだけだ。
わたしが恋したあの長い指。ウェーブがかかった柔らかい髪。細い腰。頬を埋めると安心できた肩の窪み。もうすぐ全て、失ってしまうのだ。誠実でまじめで、けれどユーモアを解せる人。ジャズの話になると、すぐに熱くなってしまう人。こんなに大切に思っている人を、わたしは大事にできなかった。どうしてなの。
東の空が明るくなるころ、わたしは身支度を始めたのだった。どこかへ逃げようと思って。とにかく、情けないけどこの現実から少しの間、逃げ出さなくては。でも、どこへ? どこか、最適な場所があったはず。
駅に着き、路線図を眺め、わたしは懐かしい町の名前を発見した。携帯電話の電源をオフにして、切符を求めた。
(→-2-)
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