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特別企画

 

密航少年Kayの亜米利加県聞記――1900年初頭の北米大陸
Vol. 5

中川吉蔵/光子
 

 

第五章 サンフランシスコの異邦人

 

●『北米の大成堂』書店

 

 ポートランド市に着いて最初に訪ねたのは日本人の経営するホテルである。主人は
「写真結婚の出迎えですか」
 と言う。
「僕はまだ若いからな」と笑って、「何か僕に出来る仕事があればと思ってシアトルから来たんだ」
「シアトルから一人で。それは偉い。あなたはタウンボーイか、それともランチボーイ? いやスクールボーイかな」
 主人の言うには、住み込みで家事を手伝いながら昼間は学校へ行くのがスクールボーイ。週給二ドル五十セントぐらい。タウンボーイは市内で働く者のこと。ランチボーイは少し奥まったところにある果樹園で働く人のことを言い、仕事は骨が折れるが給料は高い。仕事はたくさんあるから、ゆっくりしてからよく考えなさいと言ってくれた。

 

 旅館には他に数人の客がいた。いずれも遠い果樹園で働いている人ばかりだった。彼らは果樹園の近くの草原にあるキャンプに住んでいて、缶詰類を食べ、キャンプに寝る。日頃は不自由な生活をしているので、三ヶ月に十日ぐらいの休暇を取り、ポートランド市の知り合いのホテルに泊まって骨休めをし、帰りには日用品や日本製の缶詰を買い込んで帰るのを唯一最高の楽しみにしているようであった。こうした常連客はホテルを我が家同様に考え、ホテル側でも家族が帰ってきたように接し、なるべく不要な金がかからないように気を配ったりもしていた。

 

 旅館の主人はいくつか働き口を教えてくれたが、僕自身はまだこの土地に落ち着く気になれず、もっと変わったところへ行ってみたいと考えていた。というのも、僕のポケットには生まれて初めて八十ドルほどの大金があったからだ。十日ほど考えた末に、
「金のあるうちに一度サンフランシスコへ行って見たい。そしてまたこの町へ帰ってくる」
 と言うと主人も喜んで、
「ここを自分の家だと思って、気が向いたらいつでも帰ってきなさい」
 と言ってくれた。
「しかし、サンフランシスコにはアラスカボーイがたくさんいるが、誘われてもあの仲間には絶対なってはいけない。アラスカへは往復三ヶ月、そのうち働くのは一ヶ月。あとは一年中遊んでばかりいる。あの仲間に入ったら怠け者になって一生取り返しがつかなくなる。絶対に仲間に入りなさるな」
 僕は親身に心配してくれる主人の好意を肝に銘じ、その日のうちにカバン一つを持って船に乗った。

 

 サンフランシスコの大波止場前の広場の真ん中には、鍛冶屋の銅像があり、次の広場には秤を持った女神の銅像が立っている。本通りの広いのは驚くほどで、こちらの歩道から反対側の歩道までは、とても横断できそうにない。
 今まで僕が住んだいくつかの都市とは全く格の違う大都市で、やはり違和感はぬぐえなかった。
 まずはポートランドのホテルの主人に聞いた、日本人経営のホテルを訪ねてそこに落ち着くことにした。ホテルといっても下宿屋のようなものだ。主人は別に勤めを持っていて、夫人の小遣い取りに部屋だけ貸している。この家には七つか八つの部屋あるが、宿泊しているのも一晩泊まりの客ではなく、世帯道具まで揃えて住んでいて、そこから勤めに通うような人ばかりである。

 

 サンフランシスコに着いてまず思い出したのが、ポートランドのホテルで会った佐藤氏という人だ。僕が近くサンフランシスコに行くつもりだと言うと、
「自分は日本人の多い町の中央で『北米の大成堂』という書店を経営していて、たくさんの人のアドレス(郵便の宛先。いつも住所を移動する人が、手紙の受け取り先にしておいて時々手紙が来ているかどうか見に行ったり転送してもらったりする)にしている。君もそうしておけば便利だから、サンフランシスコに来たら真っ先に訪ねて来たまえ」
 と言ってくれたことである。
 そこで早速その次の日に訪ねてみることにした。『北米の大成堂』などというからよほど大きな店だろうと想像していたが、行ってみると日本人の子ども相手の貸本屋で、二百冊くらいの本を並べたこぢんまりとした店であった。僕が店に入っていくとすぐ気がついて
「よぉー、いつ来た」
 と歓声をあげる。まだサンフランシスコに来たばかりで知った人もいないというと、
「それじゃ僕の所を手伝ってくれ。僕はここで一人で暮らして、店を切り盛りしているのだ。学校に行くのならここから学校に行けばいい。その方が僕も寂しくなくていい」
 全くもって、気さくで親切な人である。

 

 この『北米の大成堂』だが、七、八年後に行ったときには間口が七、八間、奥行きが十間以上もある、名前にふさわしい堂々たる大書店になり、大勢の店員が忙しく立ち働いていた。
 おそらく佐藤氏は最初から今日のような大書店経営を目標にして『北米の大成堂』と名付けたに違いない。僕は佐藤氏に大きな夢を持つことの大切さを教えられた気がした。

 

●アラスカへの誘い

 

 僕のいるホテルでは、夜七時過ぎになると皆応接間に寄って、雑談したり本を読んだりしている。最初は僕が新米の青二才と思ってか、ほとんど相手にしてくれなかったが、日が経つにつれて、話の輪に入れてもらえるようになってきた。
 その中にアラスカボーイが一人いた。なかなか人は良さそうに見えるが、一年を三月か四月で暮らすだけに他の人たちとは肌合いが違い、一見してアラスカボーイとわかる独特の雰囲気を持っている。
 陸地を離れれば、二ヶ月余の船の中と僅か一ヶ月の仕事の合間合間は賭博ばかりしていて、ほとんど巻き上げられてしまうが、先貸しもするので、またやってまた巻き上げられるという。サンフランシスコに上陸しては毎日玉突き場へ行き、また毎日を遊んで暮らすわけである。

 

 ある晩、このアラスカボーイが僕に、
「君、一度アラスカへ行ってみないか。変わったところもあっておもしろいぞ。缶詰工場の仕事は一ヶ月ぐらい。往復は船だが船賃はいらない。一往復三ヶ月でそのうち仕事は一ヶ月、食事付きで百五十ドルだ」
 僕も一度はアラスカを見たいと思っていたから、旅費も食費も先方負担で、しかも給料付きで行けるというのは魅力だと思った。もちろんアラスカボーイについての悪い評判は承知の上だ。でも自分をしっかり持って、まわりに染まらずにいれば恐れるに足らず、という気がした。

 

 佐藤氏に相談してみると、彼はしばらく考えてから、
「まあ一度ぐらい行くのもいいだろう。だけど君は一度だけにして、帰ってきたら必ず一生懸命勉強するのだぞ」
 と釘を差された。
 うなずきながらも僕の心ははやくも、まだ見ぬアラスカの大地、沈まぬ太陽に飛んでいた。

(→Vol. 6)
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