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特別企画

 

密航少年Kayの亜米利加県聞記――1900年初頭の北米大陸
Vol. 6

中川吉蔵/光子
 

 

第六章 アラスカボーイ

 

●砂金掘りの野々垣君

 

 『北米の大成堂』の佐藤さんにアラスカ行きの相談をして四、五日すると、同居のアラスカボーイが三日ほどで船が出ると言ってきた。
 船は四、五千トンの貨物船で、船室は中デッキ、横に小さな丸窓があるだけの、薄暗く不潔な感じのする狭い部屋である。不潔と言えば船員も皆古ぼけた作業服、高等船員も上下つなぎの作業服でオーバーオールを着ている。汚い古帽子で、やっと見分けがつくほどだ。
 我々同様、働きに行く日本人は百人ぐらいで、三人の引率者、つまり親方に連れられていくのだ。大勢のアラスカボーイの中には、二、三年あるいは五、六年と続けていく者も多いらしく、「やあやあよろしく」と挨拶したり、「ハロー、ハロー」と握手して歓迎しあったり、出港前の船の中は大変なにぎやかさだった。
 僕のように初めて行く者は、グリーンと呼ばれる。新米の青二才ということらしいが、馬鹿にするという空気はなく、古参がいろいろ教え親しく迎えてくれて、大いに安心した。

 

 午後三時。ガンガンガンガンと、船の上へそして下へと、銅鑼をならしてふれまわる。続いて船長室から機関室へ、チリンチリンチリンと出帆用意の信号が送られ、機関室からは船長室へ、ジ・ジ・ジ・ジーと「用意OK」の返答が送られる。いよいよ出港!
 常春のサンフランシスコから、まだ見ぬ雪の国、夜のないアラスカへ。期待でいやが上にも心がはやる。
 残照をわずかに残して、海面が青黒く黄昏れ始めた頃、日本人コックが食事を告げに来た。この船の食事は、朝はワカメとジャガイモの味噌汁、昼と夜は、牛肉と玉ねぎとワカメの煮込み。牛肉とジャガイモと乾しうどんの煮込み。と、いつも同じ献立をかわるがわる作るだけでさっぱり面白みがない。「いつも牛肉とジャガイモばかりだね」と言うと、コック助手の一人が、「アラスカに着いたら、イキのいい魚ばかり食べさせてやる」と笑う。

 

 船は北へ北へと休みなしに進むが、行けども行けども見えるのは青い海と白い波、白い大きな鳥ばかりである。聞こえるのは絶え間ないエンジンの音と、半時間ごとに時を知らせる鐘の音ばかりだ。
 一ヶ月の船の旅は実に長い。それも豪華な客船の一等船客でもあればまだしも、貨物船の薄暗い船室だけが唯一の船室であり、荷物や機械のぎっしり並んでいる甲板だけが我々にとっての外の世界なのだ。自然誰もが退屈しのぎにありったけの技を競うことになる。一人が立ち上がって前口上よろしく怪しげな手品を披露すると、拍手喝さいする者、口笛を吹く者、指を鳴らす者。明日にひかえた仕事があるわけではなし、早起きの必要もないので、心置きなく愉快に騒いでいる。

 

 そのうち船室の真ん中の薄暗い電灯の下では、花札賭博が始まった。たちまち大勢が取り囲んで観戦する。こうして夜通し遊んで、遊び疲れると昼でも眠っていて、また翌日は夜通し遊ぶのである。
 僕などは人前で披露できるような特技もなく、賭博にも少しの魅力も感じないから、誰かと雑談するか、窓外を眺めたり、甲板を散歩する以外に暇のつぶしようもない。
「賭博は好かん」と吐き捨てるように言うのは、グリーンの一人、野々垣君という男だ。野々垣君は、魚の缶詰工場へ行くのは初めてだが、アラスカには砂金探しに何度も行っているらしい。今は金がないので皆と一緒に行って、向こうで働いて金をもらったらそのままアラスカにとどまって本業の砂金探しをすると言う。
「砂金探しのときは、アラスカの原住民の家に泊めてもらう。彼らの家は土を固めて作っており、入り口は一箇所。着物は男も女もウサギや熊の皮だ。風呂は時々しか入らないが、これが変わっている。大きな石を集めてそれを火で灼き、焼けた石に水をかけると熱い蒸気が吹き出す。それを体に当ててこする。まあ一種の蒸し風呂だ。それでもすっきりして、きれいになる。翌年行く時には、お土産の意味で角砂糖を二三個やると、非常に喜んで泊めてくれる」
「砂金の話はどうなったんだ」
「まあ待て。ゆっくり話してやる」
 彼はもう六、七年探しているが、アメリカ人の中には五、六十年もやっている者もいるという。冬の間に雪を利用して橇で走り回って見当をつけておき、夏行って谷川の水で砂を洗い、砂の中にどのくらい砂金が混じっているかを見る。アラスカはどこを掘っても一日に五ドルくらいの砂金は採れる。しかし、それでは生活できないから、みんな一山をねらって、血眼になって探すのだという。
 そんな大博打のようなことをしているくせに、野々垣君はどこまでも呑気で人がよく、金銭にも不思議なくらい淡白なのだった。

 

 船は予定のコースを一路北へと進む。そのうちだんだんと夜が短くなり、ほとんど昼ばかりになった。アラスカでは一番暑い真夏だというのに、日本の秋よりもまだ涼しいと思われる頃、アラスカの陸地が見え始めた。いよいよ長い航海が終わる。

 

●沈まない太陽の下で

 

 入港すると上陸するのかと思っていたら、船に泊まって仕事場へ通うのだという。明日からの仕事のことを思ってあれこれ考えていると、夕食には早速魚が出た。
「そうら、魚が出たぞ」と誰かが言うと、皆がどっと笑った。久しぶりなのでおいしかったが、これから毎日魚料理だと思うと喜んでばかりもいられない。
「さあ、明日は早いからもう寝るのだ」と親方が言うが、太陽はまだまだ上にあって当分沈みそうもない。今は夜だと言われても、実感のわかないことおびただしい。

 

 翌日からは朝から缶詰工場へ行く。作業時間は八時間などという生易しいものではない。十二時間でも十五時間でも、その日の魚の山を処理してしまわないことには仕事が終わらない。だから、たとえ日が照っていて夜らしくない、といっても始めのうちだけで、船室へ帰ると誰もが前後不覚の眠りに落ちる。面白い話や余興どころではない。あれほど盛んだった賭博でさえも全然やらない。明日の仕事に備えて、いかに多く寝るかが最大の関心事になった。そうは言っても、四六時中明るいので心底から眠ることができないらしく、いつも疲れが抜けない。
 そんな中で一日休みがあったから、野々垣君の案内で町の見物に出かけた。小さな町で、西部劇に出てくる、砂金掘りの格好をして腰に袋をぶらさげている人がほとんどだ。店先の秤に砂金を載せて買い物をしている人の姿も見られる。すべてが西部劇の光景にあまりによく似ていた。

 

 所定の作業が終わりに近づくと、持ち帰る缶詰の積み込みに忙しい。僕らは何の支度もないし土産の必要もないから、暇さえあれば眠る。野々垣君は、最初の予定通りこの船では帰らないというので、『北米の大成堂』のアドレスを教えて、彼の成功を祈って別れた。彼は賃金を手にすると、まるで故郷へ帰るような元気さで船を下りていった。
 船がアラスカを出る時も、後を振り返る者もなく、誰もが船室で眠っていた。仕事が終わって後は帰るだけという気の緩みも手伝って、ただただ眠るばかり。行くときの賑やかさとは打って変わって、あれほど熱心だった賭博もほとんどやる者がいない。

 

 船がサンフランシスコに着く二日ほど前に、全員に賃金が配られた。僕は十ドルほど前借していただけだったので、かなりの金額になった。
 下船したら真っ直ぐ下宿している旅館に帰って、倒れ込むようにして寝た。白いシーツを敷いたベッドで休むのは、実に三ヶ月ぶりだ。心も身体も一気に休まる思いで、翌日は十時過ぎまでぐっすり眠った。髪を洗ってさっぱりし、行きつけの食堂で久しぶりにのんびりと、食事らしい食事をしてやっと人心地がついた。懐にはもらったばかりの賃金が充分すぎるほどある。
 しかしここで仕事もせずのんびりと半年も遊んでしまっては、本物のアラスカボーイになってしまう。一休みしたらまた仕事を探そう、と心に決めた。

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