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よみたい!ネット
エッセイ

 

ポーランド・ポルスカ
第4回 初めての冬

佐々木ハシチウォヴィッチ申子
 

 


 毎日しとしとと雨が降れば、なんとなく憂鬱な気持ちになり、からっと晴れてそよ風でも吹こうものなら、散歩にでも出かけたくなる。落ち葉がぱらつきはじめると、なぜか物悲しくなり、草木に新しい緑の芽がふきはじめると、ちょっとワクワクするような喜びを感じる。人の気分は、天気や気候に結構左右されるものなのだ。
 でも、そういうことを改めて考えたことは、日本ではあまりなかった。日本には四季があり、一年を通して四季折々の美しさを楽しめる、と日本人は自分の国を紹介する。確かに、桜が咲き乱れる春、色とりどりの紅葉が見られる秋は本当に美しいと思う。でも、それぞれの季節が、ほぼ均等な長さでくるためか、また、日本の中でもそういう場所にしか住んだことがないためか、一つの季節が終われば次、という具合に、順番にそれぞれの季節を当たり前のように感じて来たような気がする。

 

 ポーランドに私が住み始めた9月は、もう秋のはじまりだった。葉は黄色く色付き、肌寒い日もあれば、暖かい日もある。でも、そんな秋はあっという間に過ぎ、10月8日には初雪が降った。
 初雪のときの、アフリカから来た学生の喜びようといったらなかった。みんな外に出て、空に手をかざしながら、かけまわったり踊ったり。彼らにとっては、生まれて初めて見る雪だったのだ。
 それからは、どんどん寒くなるばかり。10月末に冬時間がはじまると、急に日も短くなり、ポーランドで一番憂鬱な月、11月を迎えることになる。秋からポーランドに住みはじめると、大抵の人が冬にはホームシックになる、と言われたのもわかるような気がする。日本にいたときは、きっとあの寒さがたえられないのではないか、と心配したが、寒さよりも、むしろ暗さにまいってしまうのだ。

 

 昼間でも太陽は地平線をはうような感じで、スッキリ高く昇るということはなく、3時半頃には、暗くなりはじめる。朝、学校に行く8時前は、まだ何となく暗く、午後、寮に帰ってくる4時頃は、すでに日が沈みかけているのだ。常に夕方のような空を見上げながら、「おてんとさま、一度でいいからもう少し高く昇ってよ」とつぶやいてみたりもした。
 雪でも降ってくれればまだいい。雪が少しはまわりを明るくしてくれるから。11月には雨でもない雪でもない、みぞれが降り、それが地面で溶けたり凍ったりしてきたならしい。木々の葉は全て落ち、まさに街全体が灰色になる。太陽が高く昇らないので、常に曇り空か、夕方、日が沈む前のような状態で、本当に太陽のありがたみを感じた。

 

 冬になると、市場の様相も全く異なってくる。トマトやピーマンといった色どりの良い野菜は姿を消し、あるのはキャベツ、にんじん、ビーツ、じゃがいもだけとなる。果物に至っては、りんごのみ。毎日、同じような野菜をどう違ったように調理するか、頭を悩ませる。
 人々の着ている服も、夏のような彩りはなく、全体的に暗く、重苦しい感じがする。寒いので、体の中から暖めようとウオッカを口にする人も多く、そのためか、酔っ払いが通りをふらついている姿を見かけることが、心なし夏より多いような気がする。

 

 このような状況では、自然と気持ちが暗くなり、落ち込んでしまうのは無理もない。ポーランドよりもっと冬の長いフィンランドで、自殺率が高い、というのもわかるような気がする。人々の気持ちも落ち込んでいるためか、ゆとりがなく、些細なことで喧嘩になることも多い。暖房費など、出費もかさむせいもあり、貧困から盗難も多くなる。

 

 外はマイナス20度の寒さでも、部屋の中はブラウス1枚で大丈夫なくらい暖かい。24時間暖房がついているのと、冬になると窓枠にスポンジを張り、外からのすきま風が全く入ってこないようにするためだ。もちろん窓は2重窓。お店のドアも、自動ドアのところなどはない。重い扉を2度開けて入るようになっている。
 外の寒さを利用して、冬の間は、窓の外は冷蔵庫代わりになる。寮で冷蔵庫を持っている人はいなかったので、ほとんどの学生が、この自然冷蔵庫、いや冷凍庫を利用した。「さて、食べよう」思ったときには、凍っていた、ということはしょっちゅうだったが、少なくとも腐るよりはましだ。
 ただ、この自然冷蔵庫には、一つ欠点があった。外に出しているものを、ごっそり持っていかれることがある、ということだ。私も何度かやられた。誰が盗むのかといえば、同じ寮に住んでいる学生はもちろん、それを目的に外からやってくる者もいた。

 

 盗みはたちが悪い、と思うが、同時に「みんなきっとこの極寒の中、食料を手に入れるのに必死なんだな」などと動物の越冬を眺めるような気持ちも半分だった。というのも、盗みよりもっと頻繁に、空瓶集めを目にしたからだ。
 頭にスカーフを巻いたおばあさんが、一つ一つ部屋の窓を外からノックし、「空き瓶は無いかい」ときいてまわる。ポーランドでは、生クリームも、ビールも、瓶入りだったので、その瓶をお店に持って行くと、お金にかえてもらえる。たいした額ではなかったが、この瓶集めで、わずかなお金を稼いでいる人を、何人も見た。凍り付くような寒さの中、重い瓶をボロボロの布袋に入れて、一部屋ずつ歩いてまわるおばあさんの姿は、見ているだけで、物悲しくなってしまう。

 

 若い女性は、別のことでお金を稼いだ。夜は長くなるのに、9時ともなれば、町は静まりかえる。これといった娯楽もない。寒くて外を散歩、という気にもなれない。それで、"女を買う"学生が結構増えてくる。特に奨学金が入ったすぐ後は、絶好のチャンスらしく、寮のまわりを派手なミニスカートで歩く女性の姿を頻繁に見かけた。
 あまり厳しくはなかったが、一応寮の中に外部の者が入るときは、受付に申し出ることになっていたので、うまくその関門を通り抜けられなかった女性は、窓から部屋の中に入ることになる。学生も、慣れたもので、2階の窓からロープをおろし、交渉が成立した女性はそのロープをつたって中に入る。信じられないような光景だった。

 

 冬の光景といえば、こういったどこか心が寒くなるようなものが多かったが、そればかりではなかった。朝、木全体に張り付いた氷に太陽の光が反射して、キラキラ光るのは、まばゆいばかりの美しさだった。
 また滑稽な光景といえば、車が道のまん中で、スリップして一回転していたり、エンコした車を、何人もの人が押していたり。これは、まるで当たり前のように見られる、冬の光景だった。

 

 日が昇っている時間が短いだけに、明るいうちは、なるべく外で過ごそう、と思い、最初の冬は、完全防備でよく外を散歩した。3キロぐらいの道のりだと、歩いて行った。でも、最初は、雪道を歩くことに慣れず、何度も何度も転んだ。転びながら少しずつ歩き方のコツを覚えていった。
 長時間歩いていると、どうも鼻の穴に何かがくっついているような気がして、気になる。何度払っても、またくっついてくる。はじめはそれが何なのかわからなかったが、じきにそれは、息が鼻のところで凍っているのだ、ということに気付いた。鼻だけではない。自分の吐いた息が、髪の毛にかかり、それが凍って、まるで白髪のようになってしまう。
 これらの小さな、どうでもいいような体験が、私にとっては新鮮で、暗い冬を少しだが明るくしてくれた。

 

 長い冬。いくら待っても春なんて来ないんじゃないだろうか、と思ってしまうくらい長い冬。地面は凍り付いたままで、もともとどんな色をしていたのかも、思い出せない。このままずっと凍ったままになってしまうのではないか、と到底あり得ないことまで考えてしまう。
 でも、そんなある日、雪の下から、小さな緑の葉が出ているのを見たとき、葉が完全に落ちてしまった木の枝に、小さな芽が吹きはじめているのを発見したとき、言いようのない喜びを感じ、胸が高鳴り、「春だ、春だ!」と叫びながら、その辺をかけりまわりたくなる衝動にかられた。「こんなに寒くて、まだ雪もあるのに、春を覚えていてくれてありがとう。」と思わず言っていた。
 春がくることを、こんなにも嬉しく、感動的で、ドキドキするものにしてくれたのは、このとてつもなく長い冬が残してくれたプレゼントだったのかもしれない。

 

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