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よみポケ
エッセイ
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<シリーズ>
天使、なんて呼べない。
第5回
毎日がケイコとマナブ

柊野ポネ



 家の前の舗道のすきまから、タンポポの葉がおおきくひろがっている。
あ、また花が咲くのかなと思う。みちゆくひとに日常的に踏みつけられて、散々なめにあっているはずなのに、いつのまにか気がつくと、あたらしい葉をのばし一輪の黄色い花をつけ綿帽子となって飛んでいっている。
 このたくましさはどこからくるんだろう。自然のもつちから、めぐみ、治癒力。いのちのいぶきの不思議さにどこかなぐさめられている自分に気づく。

 

 2年生になってユーガも5時間授業が週3回になった。すると帰ってくるのが午後の3時ちかく(下校時の道草もずいぶんへったのだよ)、のんびりとするまもなく「おけいこごと」の時間がせまってくる。気分をいれかえて、さぁ、がんばろーね、とばかりに親子でまたでかける。習いごと、といっても、ヴァイオリンでもサッカーでも英語教室でもないのはいうまでもない、ユーガだけのもうひとつの教室がそこにはある。

 

 思えば、まだ海のモノとも山のモノともわからなかったころから、彼はそんな毎日をいそがしくおくっていたよーな気がする。
「ユーユって大物になるんじゃない。お砂場にみんなでいるより風にゆれている木をずっと見てたいのよね」と公園仲間のママたちに連日賛美?を寄せられていた1、2歳児のころ。
 もうひとつ思いだすと、あのころ、私は公園にユーガをつれだして遊ばせていても、そのあいだ、ほかのおかーさんたちと話をゆっくりしていたという記憶はあまりない。公園から「なぜか」いつも飛びだしていく彼のあとばかり走って追いかけていた。
 道路のマンホールが「なぜか」好きで、あっちのマンホール、こっちのマンホールと、これまた「なぜか」高這いでハシゴをするわがコから目が離せず、とにかく走ってばかりいた。
 そんな光景をみなれていたご近所のママたちのあたたかーいなぐさめのことばだったのかな、といまになって感じてはいるんだけど。

 

 そんな彼だって、同級生たちと(幼児だけれども幼児なりの)「おけいこごと」をやったりもしていた。ベビースイミングには9ヶ月で参加、母と子のリトミック教室にだって籍をおいていたし、大手学習塾の幼児期における早期能力開発教室の体験コースにだって顔をだしたことがあるのだよ。(これはホントに顔をだしただけだったけど)
 べつに私はわがコをなんとかしたい、と悲壮な決意であちこち駆けずりまわっていたのではなく、(コドモに早期教育を施す必要性のあるなしを説く以前に!)あのころはそんなことをまわりのママたちとわいわいやることで子育てを楽しんでいた。自分の人生のなかで、思いもかけないこと(自分でコドモを産み育てるということですね!)がいきなりやってきて、それを新鮮なよろこびとして感じていたのだと思う。

 

 そしていわゆる「ショーガイ児」となったころより、「おケイコ」それはいつしか「訓練」と名をかえることになるわけですが。(マナブ内容自体もね)
 それからもいろんなことをやったね。専門の児童精神科ドクターのカウンセリングを定期的に受けながら、同じようなタイプのコが成長いちじるしくなったと評判の小児鍼の先生のところに、みてもらいにいったこともあったし、独自の音楽療法理論を唱える発語訓練教室にも2年ほどかよった。市の療育学園やグループ教室にも行き来しながらだったから、たいへんだったといえばそーなのだろーけど、不思議とそれは苦にならなかった。

 

 そんな毎日をおくることで親として、どこかで安心したかったのだと思う。とにかくやれることはやっておきたかった。ユーガ自体におこっていることがらが好転するという希望は、あまりもってはいなかったけれど。彼自身の発達に効果的なものがえられているのか、そうではないのか、目にみえるものはほとんどなかったのだけれど。

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