「A.I.」をめぐる午後(つづき)

「役に立たなくなったロボットたちを広場にあつめてミセモノにして処分するところが、とてもヤだったな。結局は私たちのコドモって手を差しのべられることより、周囲の都合で孤独に生きていくしかないのかな、と考えたら暗くなったわ」とは、先に「A.I.」をみてきた、おなじ「境遇」の友人の感想。みんなそれぞれ自分のコに関して「トラウマ」をもっているから、それにつながることは(ちょっと映画みたくらいでもね。ちょっと、なんていったらスピルバーグは怒るよね)フラッシュバックのごとくボロボロでてきちゃう。

 

 私もこの日は学校にユーガを迎えにいく足どりが、暑さのせいだけじゃなく、とても重く感じられた。彼の部屋に飾られた七夕の短冊には、今年は「じがかけるようになりたい」と書いてある。担任のシーナ先生が親の願いをくみとって、ユーガといっしょに書いてくれたものであろう。いつもならそーゆー先生の気もちはうれしく感じていられるんだけれども、そーなってくると、ホントのところ、ユーガの願いっていったら、「毎日プールの授業があればいい」とか「給食のデザートがもっと食べたい」だったりしてね、と、逆にカナシク思えてくるのだから、情けないといえばホント情けない母ですね。

 

 そんなとき。落ちこんだ母親の気もちを救うのは、やっぱりコドモであるわけで。帰ってきておやつの用意をしている私のほうへ、ユーガがランドセルから給食袋をひっぱりだしてもってくる。
「あっ、カタズけるの?きょうはエライね」と手をさしだす私に、やおらビニール袋からひとつのプチトマト(クラスで栽培しているのだ。よそのクラスの畑を荒らして食べまくったことは、以前書きましたよね)を取りだし、自分で食べるのかなと思いきや、なんと!私にわたして食べろよ、というしぐさ。
 ウー。(そーゆーときはユーガとおなじ声がでちゃうのね)感謝感激して、(そのあとやっぱりよこせよ、といってきたけれど)母がありがたくいただきました。ちょっとかたかったけれど、なんだか特別のおいしさがあったよ。

 

 かくして「A.I.」をめぐる一日は、おしまい。おしまいでもないんだけど。とりあえず、あしたの夢はみられそーなので。なので、きょうは、ジ・エンドです。


あなたのこころに
届いたら、
クリックして
応えてね↓

作者プロフィール
■前ページに戻る
■ラインナップ
■HOME