<シリーズ>
天使、なんて呼べない。
第7回
旅するコドモたち
柊野ポネ
夏の終わり。
涼しい、ここは別天地だね。家族で立山にトラッキングにきています。私自身はリュック背おって山道を登り下りするなど、あまりなかったことなのだけれど。好むと好まざるにかかわらず、親になるといろいろなことをコを介してやらされますね、まったく。
わが息子は自分のすきな本やおかしをつめたリュックを背に、父親と手をつないでときどき笑顔をみせながら、モクモクと歩いている。ひんやりとした風、美しい山々、日の光に輝く湖。彼自身の五感でこの大いなる自然を満喫してくれているかな。コドモの足ではかなりキツイところもあると思うのだけれど。ママのほうもいたってだいじょーぶ。坂道の通学路を毎日コらと通っているのはダテじゃないぜ、やっぱり。
旅にでたほうが、こーゆーコって普段の生活時よりいいコだったりするんです。意外でしょ。大勢の人ごみが苦手でも旅行は大好きっていうコは多い。だから親はがんばるんです。休みのまえにはあちこちでかける計画をいつも頭に描いている。
小学生になるまえにパスポート書きかえしてるコとかね。(ホントだよ)観光地のキーホルダーを(そのレトロさが愛しいよね)数百種集めもっている高校生のおにーさんにも会ったことがあるし、列車がすきで、トワイライト・エクスプレスに乗るだけの旅をしてきた父子とか、家に二日もいたら退屈してパニくっちゃってしょうがないんだもん、といって長い休みには海外に行って、週末は山の別荘ですごしている家族も知りあいにいる。
まーね、子育てにかかる親のストレス解消も、とーぜんふくまれているとは思うんだけど。単独での行動範囲がショーガイをもっているコってどーしてもせまくなるから、(あのさ、ひとりで町内の子ども会のキャンプとか参加できないでしょ!)親が動いてやって、それを通じて社会経験つませたいとか、ひそかなコドモの成長もささやかな願いとして、家族旅行ひとつにもこめられている。
わが家の場合は、ユーガが日常では味わえないことをひとつの旅行で体験してみよー、というのがいつものテーマ。北海道では気球にのって広大な大地を見せて、度胸試しにラフティングで川下りしてみようとか、南の島では透きとおる海のなかを魚といっしょに泳いでみようとか、物心両面でガンバルとそんな感じ。(いつもそれじゃ旅行資金が続きませぬ)
そんな大がかりなことじゃなくてもなんでもいいんだけど。ユーガと見しらぬ街をデジカメ片手に歩いたり、森の中のちいさな美術館でリトグラフを鑑賞したり。静かな感動を親子で共有している?こーいった時間のほうが、あとから思いかえすと思い出深かったりするから不思議です。
旅行先でも、さまざまなそんな家族に遭遇する。これがね、見た目ハンディがわからないコでもピンとくるんだな、そーゆー家族は。
伊豆でだったか、ホテルの朝食タイムにふらっと私たちのテーブルへ寄ってきた男の子がいた。「ごめんなさいね、なんか取ったりしませんでした?」小走りで追ってきてそのコの腕をつかんで恐縮をあらわすおかあさん。「ちょっとこのコ、ひとりでいられなくて」とのこと。やっぱりね。「だいじょうぶですよ、うちもそうですから」というと「あらっ、そーなんですか。もしかしたらそーなのかな、なんて」
そーなのかな、でたがいの正体?がわかりあえてしまうのだからね。すごいでしょ。ピピッと、家族間で天使が舞うがごとく電波が飛びかうのだろーね。
初対面なのに、立ち話で「わかっているわよ、そーよね、たいへんよね」ペースで、ふかーい、おもーい話がはじまっちゃう。わずか1、2分のことで、「がんばりましょうね、おたがい」でお別れとなるんだけど、旅先でのこんな出会いにも勇気づけられることは多い。