もちろん、かたときも目が離せないところがあるから、行く先々で気は使う。リゾート地のプチホテルでふいに部屋からいなくなって、全館に迷子のアナウンスをお願いし探しまわってもらったこともあるし、レストランでの座る椅子の感触が気に入らないといって、ユーガは立ったまま!で最上階フレンチレストランで食事の時間を過ごしたこともあった。こーなると私の方も何を食べたのか、まわりの視線が気になっておぼえていないし、終わってからもどっと疲れがでる。
見渡せば、泊り客はカップルばっかし!子連れはわが家だけかな、というおしゃれな温泉旅館など、部屋に通されても、あー、仲居さんにお金つつまなきゃ、あの掛け軸の下の花器はどけておいたほうが無難かなぁ、と落ちつくふりをしながらも頭の中はせわしく動いていたりする。そのあたりの気配りは、結婚前に、小さなコドモづれの親たちの行動をみて習得しているつもりだから、ヌカリはないはずなんだけどね。うーん、どーだろーか。許されてなかったりしてね。
しかし温泉もねえ、もうあと1、2年でユーガは女性の更衣室に入れなくなるだろーからなぁ。母子グループだといつまで行けるかな。思春期になって図体もデカクなれば、心と体の成長にしたがって出かけることへの制約もかならずでてくるはずなんだ。
いいかえると私たちの家族旅行って、いつまでも、いつもユーガとともに形をかえながらも続くってことなのね。
親の同行なし、ひとりで「行ってきま〜す」と行ってくれたら、どんな辺鄙なところへでも、いつ日干ししたんだかわからないようなお布団で寝るお宿にだって、わたしゃ、ボンボン送りだしちゃうんだけどなぁ。だって、コドモって親の目のないそーゆーとこでいろんなことを学ぶわけでしょ。男の友情とか劣等感、女の子にみせられる優しさとか。いつまでも親といっしょにいたってね。しょーがねーよー、まったく。
気がつくと室堂平のみくりが池のあたりには霧がかかっている。はじめてみる霧の風景にコーフンしたユーガが声をあげてよろこんでいる。ここ立山もこの美しい風景とともに、ユーガの成長と思い出が刻まれる場所のひとつになるんだね。だったらいまは、そんな旅がつづけられるしあわせを家族で感じていようか。いまはね。
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追伸。
家に帰ると、ポストにクラスのシーナ先生から残暑見舞いのハガキがきていた。
「ユーガくん、おげんきですか。やまのぼりにはちょうせんできましたか。また、にがっきにきかせてくださいね」
宿題の絵日記をもう一枚しあげなくちゃ。ユーガのだけど、私の宿題でもある。さー、これで夏休みはおしまい。また学校かあ。うれしくもあり、ため息もでる。がんばりましょー、みなさん。