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よみポケ
エッセイ
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<シリーズ>
天使、なんて呼べない。
第8回
モノ思う秋、二題

柊野ポネ



 秋は小学生にとってイベントが目白押しである。
 ユーガの小学校でもつい最近、運動会がおわった。練習を機嫌よくがんばれること、入場行進が(通常クラスの2年生といっしょに)ひとりでできること、などの課題はまあまあの及第点、親学級のコドモたちと参加した大玉転がしも、はしゃぎすぎて大玉のゆくてをさえぎっているよう(どうみてもね)にみえたけれど楽しく参加できて目標達成。が、期待していた50メートル走に見せ場はなかった。なぜかというと今年の彼には走る気がまったくなかったのだ。

 

 よーい、ドン!となってもスタートポーズをとったままで、先生に背中を押されてスタスタ歩きだすだけ。練習のときから1回も完走していません、とシーナ先生からきいていたからね。まー嘆くにはあたらないのだが。いつもはどこへ飛んでいくかわからない鉄砲玉なだけに、いたずらをみつかったときの逃げ足の速さを、なぜにこーゆー公式な場でこそ発揮できぬのか、と腹がたつ。走って、といわれると、走らない。運動会だよ!走んなくてなにすんだよぉ!アンタの数少ない特技をいかせられるときだというのに。
 そのくせ、あまりに遅いユーガのためにゴールテープをもう一度はっておで迎えしてくれる演出には、ニカッと喜んでやがるのだからね。「ユーガッチ、一等賞みたい」そんな声がコドモたちからあがるのもわかる。

 

 なににつけても、「ほどほど」というのがないのよね。去年の秋の体力テスト、気分がハイに入っていた時期で、50メートル走なんぞ走りだして途中までは、他の「フツー」をぶっちぎって、やや!2年生の記録更新?の期待もかかったのだけれど、ゴール前に突如クルクルとまわりだして、(うれしいとき、ウキウキとなったときのヤツの行動パターン)結局は先生の手をかりて走りきった。
 なかなかね、映画の「フォレスト・ガンプ」みたいにはいかないんだな、現実は。ホント。

 

 ショーガイ児クラスにいるコドモをもつ親たちにとって、全校生徒が一同に集まる学校行事のなかで、とくに運動会は切ない思いがいつも残る。
 練習ではほかのコドモたちにとけこみ、ほかとなんら変わらない姿をみせていても、本番ちょっとのアクシデントでそのリズムがこわれてしまうと、もとの精神状態にもどることはとてもむずかしい。それがわからない観客のオトナたちには、そのコの行動があたかもふざけているか、やる気がないようにうつってしまう。
 俊足をかわれてリレーのアンカーに抜擢された上級生のコが、当日ちょっとパニックをおこして状況が急変しちゃったことが今年もあった。周囲からきこえる落胆の声のなかで、私たち親たちにも複雑な思いがなにげない会話のなかにも影をおとす。ため息にも似た苦笑いとすこしのあきらめ。そーゆー心の痛みは自分たちにしかわかんないだろーなあ、という思いもちらりとよぎったりする。

 

 ユーガの場合はまだ低学年とあって、なにをしでかしてもご愛嬌というところはあるけどね。去年の子ども会の運動会、これならユーガくんもすきなんじゃない?とご指名をうけて参加したのが、パン食い競争。しかしユーガが走っていった先は、役員席のテント内に保管してあったパンがたくさんはいった段ボール箱のほうだった。そこから好きなジャムパンを選んでゆうゆうとゴールしていた。まったくね。
 運動会がおわれば、小学生になってはじめての学芸会の練習もはじまる。うーん。なにするんだろぉ、ヤツは。母たちがかかえるこの「思い」は、秋の深まりとともにますます「切なさ」を増すわけです。

 

◆◇◆

 

 秋は就学をひかえたショーガイ児の母たちにとっても、進路についてあれこれ思い悩むときでもある。
 先日、幼稚園入園前に1年だけ週3回かよっていた療育施設から、在園のおかあさんたちのまえでOBの母親として就園・就学についての経験談を、との依頼があった。私はひとまえで自分のことをはなすほどの体験はしていないのだけれど、と迷った末におひきうけした。原稿なども用意して(なんせ持ち時間は30分!)30人ほどのおかあさんたちのまえで話をした。

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