さまざまなショーガイをもったコドモたちを育てはじめて悪戦苦闘しているママたちにとって、これから自分たちが歩むであろう数年先の苦難とめんどーな日々をくぐりぬけていった先輩母の話など、ひとつまちがうと、いかに私はがんばって日々コドモのために努力してきたか?の自慢話ともとれるわけでね。(オンナのひとはなんとなくそーゆーとこ酔って、とくとくしゃべっちゃうとこあるじゃんね)
「あなたはもーいいわよね、学校にも入れてひと安心よね」という視線は正直あると思うし。ショーガイ児の母どーしって最初はけっこうむずかしいとこあってね。あまりに「立派」に「がんばっている」おかーさんをみると、かえってひいちゃって逆にアラ探しをしたくなっちゃうんだよ。私もそんなおぼえがあります。
そんなところに気を配りつつ、"笑い"もとりいれながら、私もせいいっぱい話をさせていただいた。
講演?がおわっての質疑応答では、「ウチのコも重度のおくれがあります。学校へいって読み書きの『勉強』をすることになんの意味があるのかな、って思うことがときどきあるんですけど」というきびしくも深い質問もあった。そーなのよね。私もいまもって思案中だもん。運動会の体操さえ先生の手を借りなければできないコドモが学校にいって学べるものはあるのか?
先日読んだ大江(健三郎)さんの近著「『自分の木』の下で」には、脳に重い障害をもってうまれてきた光くんが特殊学級にすすんで、自分よりも運動能力が低い友だちの手助けをすることからはじまり、その仲間とともに音楽への思いがはぐくまれていった、とある。
だけど、今のユーガじゃ1年生のルンちゃんに「ユーちゃん、怒っちゃだめだよ、いっしょにおそうじやろうよ」なんてたしなめられている存在だからね。ヒトの役にたつ、なんてことは、ましてや将来の布石となるようなことを学校でみつけるなんてことは、とてもとても。
とてもとても考えられないんだけど、ただね、ユーガみたいなショーガイ児の超レットーセイでも、順調とはいえなくてもそれなりに楽しく自分の生活をおくっているのだから負けないで、ということだけは伝えたかった。母親が無理のないところで勇気をもっていればどこかに道はありますよ、といいたかった。だって何が楽しいかわからないんだけど、ユーガは毎日声をだして笑いながら学校にかよっていますからね、と。
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「フォレスト・ガンプ」のビデオはときどき取りだしてはみる。いろいろな場面で勇気づけられることが多いのだけれど、とくにガンプが走っているシーンがとても好き。いじめっ子に追いかけられて逃げる、大学のフットボールの試合でエンドゾーンに向かってボールをもって走る。ファンタジーとわかっていても最後までつい見入ってしまう。どんなコにだって、喝采をあびることが多い人生があるはずよね、という祈りをもって。