<シリーズ>
天使、なんて呼べない。
第13回
歯医者さんはバニラの香り
柊野ポネ
ユーガはいまツツジの花がすきだ。
家のまえの公園はツツジの赤やピンクの花であふれかえっている。あざやかな色に心奪われるのか、キレイだねぇ、とばかりに近づいていく。と次の瞬間、いきなり彼はそのなかの赤い花に手をだして食べてしまう。
そう、食べるのだ。あまい蜜を吸いたい、とかの所作ではない。おしべとめしべのついた花びらをそのまま食べちゃう。なぜかそれも赤いのだけ。そりゃね、食用の花があるそうだし、ツツジだってがんばれば食べられないことはないと思うけれど、ヤツはがんばらずに好んで食べているようなのだ。
ブランコに乗りおわったあと、ボール蹴りにあきたころ、私がよそのママたちと立ち話をはじめたのをきっかけに(みつかると怒られるからね)、パッと手にとって気がつくとモゴモゴしている。食べだしたらとまらない、というところもあって、そんなときはまわりのコドモたちの「宇宙人をミル」目つき一色にかこまれていることもしばしばである。
公開中の映画「K−PAX」の中で、主役のケビィン・スペイシーが宇宙からの異星人と自称して好物のバナナを皮ごと丸ごと食べてしまうシーンがでてくるけれど、劇中のいつもながらの彼の完璧な演技力に感嘆しながらも、別のところで私はわがムスコへ思いをはせていた。
というところで。ここから映画の話になると思うでしょ?ところがさにあらず。今回は、ぜんぜん関係ない歯医者さんのお話です。
歯科にはいまでも3ヶ月に1回ほどのペースで通いつづけている。
彼の年齢からして、虫歯の治療歴がかなりのものであるのは、口のなかをのぞけば一目瞭然ではないかと思う。乳歯にクラウンがかぶさっているのが上と下で5本ほど。赤ちゃん時代の歯の生えはじめより、親の私が暴れるユーガをおさえつけて、虫歯のないコドモをめざし、とにかく一生けんめい連日連夜歯ブラシを試みていたのに、その努力が徒労におわった結果である。
幼稚園に入ってしばらく、いつのまにか(本当にいつのまにか!)下の左右の奥歯2本にわたっておおきな穴があいていた。(ということは虫歯がイッキに計4本ということです)「あまいモノばかり食べさせていたんじゃない?」とおっしゃる向きには、信じてもらえないだろうが、私はそのころコドモにほとんどお菓子を買いあたえない愚かな母だったのです、実は。イジイジ。
世の中にはどんなに一生けんめい努力をしても(歯をみがいても)、自分の思惑とはちがう局面(いくら歯をみがいても虫歯がデキル人)に到達しちゃうことはままあるわけで。コドモの歯みがきを通して、私はまたひとつここで人生を達観するスベを学んだのであった。
ほどなくそれまで通っていた児童福祉総合センター内の歯科では治療がむずかしくなってきて、有名歯学部を擁した大学病院へいくことになった。
ここが私にとってはいわくつきの場所であった。私もまた幼少のミギリに一度だけここを訪れたことがあるのだ。娘の虫歯治療で紹介状をもって診察にいった母に、若い担当医の先生が「いまのうちに治しておかないと大変ですよ。ここはお嬢さんが泣いてでもシバッてでもやりましょうね」といったそうな。おののいた母は近所で開業している昔ながらのおじいちゃん先生に相談したらしい。
「まー、そのままにしておきなさい、様子みて」
そのひとことで恐怖の治療はなくなったが、私の虫歯もそのうち溶けてなくなってしまった。小学生時代、私は2本しかない奥歯で毎日の給食をほかのコとおなじスピードで食べていたわけで、いまもってゆったりと食事をとれない原因がここにさかのぼる???(いまはちがうよ。生えそろってよい歯ならびだといわれたりする♪)
それはさておき。因果はめぐる。ユーガをつれてその大学病院へ30年ぶりに訪れた日、トラウマにつつまれたなつかしい思いが私の胸を去来していた。