私をコンサートへつれてって(つづき)

 あのころ、週に1回、大きなお屋敷街にある先生のお宅にレッスンにいっていた。ピアノが部屋ごとに何台も置いてある資産家のひとり娘であった先生は美人とはいいがたく、きびしい教え方で、コドモがあこがれるピアノ教師のイメージとはかなりちがうひとであった。何人も若い先生たちを弟子にかかえ、華やかなことがすきな先生に、私はそれでもずいぶんとかわいがってもらい、熱心に教えていただいた。
 東京へお嫁にいってしまったあとも、先生の面影はそのあとも強く私の心に残り、将来は先生みたいなピアニストになれたらなぁ、と漠然と思い描くようになった。高校生になったころ、友人のひくモーツァルトをきいて挫折を感じたあとは、その夢の世界からの脱却にかなり葛藤がつづいた。
 私の原風景は、ここにあるのかなと思う。あのころピアノのまえにすわっていただけで得られた幸福感、それをさがしてさがして、さまざまな寄り道をいったりきたりしている。それはいまも変わってないのかもしれないが。

 

 この秋、はじめての発表会がある。ユーガの、ではなく私の、である。ゴスペルコーラスの一員として舞台にあがるのだ。
 友人に誘われてゴスペルのコンサートにいき、なんとはなしに自分もその仲間に今年から入ってしまった。月2回のレッスンに通い、歌なんて正直自信がないのだけれど、英語の歌詞をバンド演奏にのってかっこよく!歌い上げる爽快さにいつしかハマッてしまった。各々が自由なスタイルで楽しむ、というグループの雰囲気も、私にはとてもかっこよく思えたところだ。
 とはいえ、まわりにはあちこちのライブからお呼びがかかっているプロの方も数多くいらっしゃる。こちらはまだ発声もおぼつかなく、立ちふるまいだけで出させていただくのだ。
 だけどレッスンはとても楽しい。大きな声をだすのがあとあと心地よく、日々ストレスたまってんのね、と実感する。ショーガイ児育ててるんだからぁ。
 こーしてむだかつ貴重な時間が私にまためぐってきている。舞台姿をユーガにはみせたいが、主人にはひと呼吸おきたい。はずかしくて、まわりにも「聴きにきてぇ」といえないところがもどかしい。

 

 ここまで書いてて、気がついた。はずかし、はずかしといいながら、こーやってひとまえにまた立とうとしているわけなのよね、私。ユーガが幼稚園にいたときは、ママたちのバンド・サークルに入って園祭の舞台で観客のコドモたちをまきこんで「フラワー」を歌い演奏したこともあった。
 幼いころから「どうだ」とばかりに演奏をやりとげて、万雷?の拍手を浴びたあの快感がいまも私のなかにあるのかなあ。記憶はほとんど薄れかかっているのに。三つ子の魂百までもってことかよ。成長が感じられなくて、やだなぁ、ホント。


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