そんなこんなで、春はいろいろな変化が一気に訪れるので、各方面から悩みが噴出する。どんな親でもそうだと思うけど、コドモの教育に関する悩みって、どれがいちばんいい選択なのか未来がわからないから、本当に切なく揺れる。毎日のように友人の母たちの話を聞いたりしていると、どれもみなユーガへの悩みの道に通じちゃう。
傍からみていると、ヒトへのあたりも身のこなしにもいつも余裕があって、兄弟たちの子育ても完璧ね、と思っていた職場先の先輩お母さんが、軽いうつ状態で子育て放棄に走っているらしい、と他所から聞いたりすると、つくづく長く親でいることのむずかしさを思う。いっしょに仕事をしていて、その笑顔の裏にはそんな一面があるのか、と驚くけれど非難する気にはなれない。やっぱり複雑じゃないとやっていけないよねぇ。カウンセリングが自分でできちゃうヒトって、どこへいったら救われるんだろう?
身のまわり半径数メートルのことを思い、わずらい、結局は自分のことしか考えていなかった10年前にくらべると、形のちがう幸せと、ヒトの悲しみに共感できるようになったのは、これもまた年月かしらん。
この春は、ここ数年のおなじみであったご近所が、転勤が重なりまとめて引っ越されてしまった。私は集団での近所づきあいは苦手だけど、頻繁に行き来をしている友人たちとは別に、ここゾ、というとき助けてくれるお家は心強かった。たとえば、冷蔵庫が突然こわれて食材をあずけさせてもらったり、急用のときユーガを1時間ばかり(1時間というのが微妙なメドだな)みていただいたり、顔見知りだけど今さら本人に聞けないご近所の名前を電光石火のように教えてもらえるお隣。
家族ぐるみで遊びに出かけたりはしなかったけれど、あたらずさわらず、濃い間柄じゃないところが理想的なご近所たちだった。お別れのあいさつにきてくれると、おたがいちょっと涙ぐんでしまった。気にも留めてなかった日常の大切さをちょっと思う。
きのうの夜のニュース。爆撃を受けて親族と自分の両腕を失ったイラクの少年の姿がまたうつっていた。「ぼくはこれからどうやって生きていけばいいの?誰もぼくのいまの痛みなんかわからないよ」。
まず、平和に生きられることを感謝して。それから、とにかくまたやっていかなくちゃね。明日できることは明日にしながら。ここのところ、ちょっと虚ろ気味だったんだ、流れてくる戦場の映像が心に入り込んでるせいなのか。小ギレイになった部屋の窓から、いつのまにか姿がみえるように大きくなった公園の桜の木。青々とした葉が風にゆれていた。