<シリーズ>
天使、なんて呼べない。
第20回
ユーガとリュー君のあいだ
柊野ポネ
この坂道下る学校への5分の道のり、家で朝からこもって仕事なんかしていると、頭の中がまだ「親」モードに入ってないことが多い。ジャクリーヌ・デュ・プレの音楽についての原稿をまとめるべく、必死にいれこんでいた日にゃ、一音で周囲を戦慄とさせる彼女のチェロの世界につい先程まで私はいたわけで、
「ユーガさん、今日はクラブの時間、こっそりよそのクラスにいっていましてね。そこで制作していたアイロンビーズの鍋敷をちょっとかじって!しまって、たまたま通りかかられた親クラスのネコタ先生につれてきていただいたんですよ」
などと、学校に着くなり担任のフジタニ先生のおしとやかな口調でいわれても、手のかかるヤロウをコにもつ母親の心情に切り替わってなくて「あっ、あっ」といっているだけなのだ。帰ってきて連絡帳をみて、先生たいへんだったわぁ、とやっと親の気持ちに戻る。
だいたい昔から、自分を楽しむ時間がいくつも持ちあわせていないと煮詰まっちゃうほうなんだけど(仕事だけとか、家事だけとか、趣味でも遊ぶことでも、シチュエーションが自分のなかで凝り固まってくると、日常がものすごく!猛烈に!退屈に感じる)そのくせ、その切り替えにカラダとココロがついていけないんだな、最近。コレも年齢?もしかして。
物理的にも、仕事が予定通り終らず、渋滞の中、車を飛ばして迎えにいくことにも疲れて、最近は余裕がないときは行政の子育てサービスの方にお願いしている。そしたら、気持ちがサクッと楽になった。ほんの30分か40分遅れで、迎えにいっていただいたシッターさんのお宅に伺うと、ユーガはそちらの兄弟たちとジャガリコなんか食べていたりして。
やっぱりヒトはひとりでは生きていないよねぇ。ショーガイのコがある母はすべてを抱えてがんばるヒトになりがちだけど。
みなさん、いっぱいヒトに頼りましょーね。他人に助けを求めるちょっとの余裕と勇気がアナタを変えてくれます!
まっ、そのよそのお宅に迎えにいくときも、ヤツはおとなしくしてくれていただろーか、と心配するヤキモキはつきものなんだけど。