ムーンライト・パフェ(つづき)

 片桐君は広尾の喫茶店の雇われ店長。おしゃれなカフェが並ぶ表通りから横道に入ってしばらく行くと、小さなアンティークショップがある。その隣にひっそり建っている、時代がかった喫茶店。それが「ルナ」だ。ちょっと隠れ家っぽくて、私は好きだ。もちろん、片桐君がいるせいもあるけれど。
 彼は、私と同い年で、私と同じ身長。メガネはかけているし、髪は染めていないし、もちろんピアスもしていない。「ルナ」にぴったりの昔っぽい青年なのだ。
 けれど、とても綺麗な目をしている。口数は少ないが、本当に優しい。これまで付き合ってきた男の子たちみたいに、おしゃれなデートスポットには連れて行ってくれないかわり、電車に乗っていろいろな町へ行き、彼のお気に入りの散歩道を私と歩きながら、ギリシャ神話や星座の話、月がテーマの民話などを、ぽつりぽつりと話してくれる。その声がとても心地よくて、ぎこちないキスもなんだか嬉しくて、私はどんどん、片桐君が好きになっていったのだ。

 

 片桐君の店に、なぜ優奈を連れて行ってしまったのか。今となっては後悔するしかない。
 あの日は雨で、もうすぐ優奈の誕生日で、両親から彼女の欲しそうなものの探りを入れろなどというのん気な命令を受けていて、彼女と待ち合わせをしたのだった。
「取引先と打ち合わせがあるの。広尾なんだけど、出てこられる?」
「あ、それなら・・・」
 私は少しもためらわずに、「ルナ」の場所を説明し、自慢の姉を片桐君に紹介できると喜んでいる自分を、少しだけ恥じていた。

 

「もうすぐお誕生日なんですか。それなら、少し早いけど、特別メニューのプレゼントをしようかな」
 メガネの奥で、優しい目が微笑んだ。片桐君と優奈が、どこか似ていると思ったのはこのときだった。彼は、私にはミルクティーを、そして優奈には見たこともないパフェを持ってきた。
「これは?」
「ムーンライト・パフェ」
 ヴァニラのアイスと丸くくりぬいたメロンと洋梨、ホイップクリームにキャラメルソースがかかり、上にはアラザンの銀の粒が輝いている。少し、リキュールの香りもする。どこか、古風な印象のあるデザートだ。もっとも『ルナ』で見れば、どんなスィーツも古風に映りそうだけど。

 

「素敵な彼ね」
 帰り道、ベージュの傘の下で、優奈が言った。前を向いたまま。

 

◆◆◆

 

 たっぷりと大きめのブルゴーニュグラスを持って、優奈はリビングルームに来た。ガラスのテーブルに置いた私のグラスに、私があけたワインを注ぎ、自分のグラスにも注いだ。この人の化粧崩れした顔を見たことがない。思わず感嘆しそうになる自分をこっそり叱り、私は姉に抗議した。
「片桐君は、ユウちゃんと会ってから変わったわ。ユウちゃんが『ルナ』に来てくれたってすごくはしゃぐし、ユウちゃんのことばかり聞きたがる。ここにも遊びに来たんでしょ」
「私はね、『ルナ』が好きなのよ。落ち着くの。広尾にはよく行くから『ルナ』でお茶を飲みたくなるのよ。マモル君は、カザハちゃんの彼だからとても大切に思っているわ。でも、それだけ。ここに来たのも一度だけ。接待で酔っていた私を送ってくれたのよ」
「じゃ、どうして片桐君は最近、私といても上の空なのよ」
 言ってしまった後で、私は悔いた。優奈は悲しそうな目をして、私をみつめた。
「カザハちゃん。それは、あなたの問題ね」

 

 時代錯誤の気取った部屋の、気取ったバスルームを使い、気取ったセミダブルベッドで横になり、気取った姉にオトコを盗られそうな木ノ内風葉はまんじりともせず朝を迎え、隣で眠る天使のような姉の寝顔になぜかくちづけをして、逃げるように帰ったのであった!

(次ページ)
(前ページ)