クロックムッシュはいかが(つづき)

◆◆◆

 

 翌朝、久しぶりに二人分の朝食を作った。私はどうかしている。迷惑なはずなのに、気持ちがはずんでいるのだ。
「ウマイです。これ、変わったチーズトーストですね」
「クロックムッシュっていうのよ。フライパンでバターで焼くの。オレンジジュースもどうぞ」
 ダイニングキッチンで、親子にも恋人同士にも見えない二人がぎこちない会話をしている。窓から白っぽい光が差し込み、テーブルの上のジュースのグラスが輝く。こういう朝が、以前にもあった。何年も前に、こんな柔らかな手触りの朝が確かにあった。

 

 靴を履く青年の背に声をかけた。
「ちゃんと病院で診てもらうのよ。親に心配かけちゃだめよ」
 章仁は降り返って笑顔を見せる。
「若い女が、無用心に男を部屋に入れるなよ。なんてね」
 私はどきんとして、頬が熱くなった。
「ごめん。ウソ。感謝してます」
「もう」
 一回りも年下の男にからかわれている。私が手当てしてあげたのに。まだ子供のくせに大人をからかうなんて。そう思いながらも、章仁があまりにあっさりと帰ってしまうのが、少し意外だと感じている私。何を期待していたのだろう。

 

 玄関のドアを開け、ひょいと表札を見て、章仁は言った。
「宮坂瑛子。サンキュ、エイコ。またな」
 またなって・・・。あっけにとられている私を残して、私が拾った傷ついた小鳥は空へ帰ってしまった。「またな」って、ただの挨拶? それともまた会いたいってこと?

 

◆◆◆

 

 三日後のことだ。友人の紹介で個人病院の面接を受けた帰り道、曲がり角に咲き始めたコスモスが目にとまり、歩調をゆるめたとき、前方から声をかけられた。
「エイコ」
 驚いて見れば、そこに章仁がいた。頬にまだバンソウコウが貼ってあるが、髪を黒くして、ピアスもはずし、ジーンズにおとなしいチェックのシャツを着て、そして花束を抱えている。元暴走族にはとても見えない。
「お礼です。キザ過ぎ?」
 私は花束を受け取り、小声でありがとうと言いながら、まだどぎまぎしていた。「またな」って、このことだったのね。これは、素直に受け取っていいのかしら。
「そんじゃ、またな、エイコ。仕事頑張って」
「え、うちに寄ってかないの?」
「だから、むやみに男を部屋に入れるなって。若い女が」
 若い女・・・ですか。どうも気に入らないな。私は章仁の背中に向かって言った。
「女じゃなく、女性って言いなさい。それから勝手に呼び捨てにしないで」
 章仁は足を止めずに振り返り、片手をあげた。
「またな、エイコ」
 花束を胸に、私は笑い出してしまった。

 

 ブランクはあったが、病院の仕事には思っていた以上に早く馴染んだ。別れた夫は医者で、出会ったのも病院だったから、仕事中ふとしたことで昔の恋愛時代がよみがえったりもした。けれど、感傷に過ぎない。ただの思い出だ。

 

 章仁はどうしているのかな。帰り道、コスモスを見るたびに思うのだった。まともな生活をしているかな。危険なことはしていないかな。あの綺麗な笑顔が、苦痛にゆがんだりはしていないかな。

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