レモン・シャーベット・バースデイ(つづき)

 片桐衛は転校生だった。私の担任するクラスに入ることが決まり、初めて紹介されたとき、彼の隣で微笑む女性の姿に軽い衝撃を受けたのを覚えている。母親だというその人は、まるで少女のようだった。ほっそりとした体に淡いブルーのワンピースをまとい、透けるような白い肌に薄いピンクの口紅をひいていた。どこか怯えたようなはかなげな様子も、とても高校生の母親には見えなかったのだ。
 そんな母親をまるで庇うかのように、片桐衛ははきはきと挨拶をした。聡明そうな額と形の良い眉が印象的で、ハンサムではないが目が知的で美しかった。

 

 教室での彼は、とても成績が良く朗らかだったが、全体としておとなしく、目立たぬよう意識しているかとも思えた。休み時間には大体図書室にいて、私がそばを通ると目を上げて微笑んでくれる。私はいつしか、彼のことが気になって仕方なくなった。生徒に対して、そんな感情を持ったのは初めてのことである。彼に会いたくて図書館に急ぐ自分。我ながら呆れ、動揺し、そして抑えられなくなりそうな自分の心に怯えた。

 

 当時、私には学生時代から交際している恋人がいた。長い付き合いで情熱はすでに限りなく淡くなってしまっていたが、気心も知れていてお互いラクだったし、どちらの親も公認で、このまま結婚するんだろうと思っていた。
 それなのに、片桐衛に惹かれはじめてから、私は変わってしまった。

 

◆◆◆

 

 「先生、ここです」
 待ち合わせに彼が指定した小さなレストランをようやく見つけ、扉を押したとき、あの声が私を呼んだ。そこには、すっかり青年らしく成長した片桐衛がいた。一瞬たじろいだ私だったが、次の瞬間なつかしさがこみ上げて、自然に笑みがこぼれる。
 「本当におひさしぶり」
 「お誕生日ですね、今日。おめでとうございます」
 「覚えていてくれたのね。ありがとう。でも恥ずかしいな」

 

 カウンターとテーブル席が三つだけの小さなお店だった。私たち以外には一組の若いカップルがいるだけ。片桐君はワインと前菜を選び、オーダーを取りに来た青年に頼んだ。
 「先生、今日は僕にご馳走させてくださいね」
 「でも悪いわ。まさか、夕ご飯ご馳走になるとは思わなかった」
 「お誕生日に、それも突然、失礼でしたよね。お約束、あるかもしれないのに」
 「ないわよ。わかってるんでしょう、あなたには」
 言ってしまった後、しまった、と思う私だった。小さな沈黙が重い。
 「・・・ええ。わかってしまいました」

 

 私は胸が痛くなる。この子はまだ、あの「チカラ」を抱えて生きているのだ。ずっとその重さに耐えて生きてきたのだ。片桐君が私をみつめる。そして困ったような笑顔を作り、首を振る。心配しないで・・・。

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