密航少年Kayの亜米利加見聞記Vol.1(つづき)

●夜の闇にまぎれて

 

 皆がにぎやかに一騒動を演じて上陸した後は急に静かになった。チコサー号の碇泊期間は一週間。僕は目立たないようにふるまいながら上陸の機会をうかがっていた。
 ビクトリア入港三日目。今夜こそ決行しようと靴をはき、丸首セーターにズボンのままでベッドにもぐり込んだ。
 真夜中過ぎ、僕は足音をしのばせて甲板に出た。人影はない。クレーンの脚下から桟橋まで、船から下ろす荷物が海中に落ちるのを防ぐために太い網が張ってある。これを伝って桟橋まで一気におり、初めて四方を見回した。異常なし。それからアークライトの下を倉庫の軒に沿って、後も見ずに急ぎ足で歩いた。税関の門を出ると大通りだった。何のあてもなく左に折れて、板張りの道を急ぎ足で歩く。
 しばらく行くと夜も明けてきたが霧が深く立ちこめていたのが幸いした。
 六時頃だったと思う、霧の中から自転車に乗った大柄な男が現れ、目の前で自転車を停めた。
 「君は日本人か。」そう、日本語で聞いてきた。
 僕はびっくりしながら、「そうだ」といった。
 「英国船から逃げ出したのは君か。今船では大騒ぎだ。町中探し回っている。見つかれば船に連れ戻されて監禁されるぞ。僕についてこい。」

 

 その人の住む下宿屋に着いてから僕は、
 「着の身着のままで金は一銭もなく、英語も話せない。しかし外国を知りたい一心で日本を飛び出したのだ。」と説明した。
 考えてみれば無鉄砲極まりない話だが、その日本人は僕の頼みを聞き入れて、しばらくの間見つからないようにとかくまってくれた。もしこの時この人に会わなかったら、いずれ警察に連行されて船に連れ戻され、日本の警察へ引き渡されていたに違いない。最初に会った人が親切な日本人であったことを深く感謝せずにはいられなかった。
 一週間ほどしてから「もう君の逃げ出した船も出航したから安心していい。」と言われた。
 「僕は君をいつまでも置いておきたいが、船から逃げた君が、いつまでもこの港町にいるのはよくないだろう。僕の友人三人がナナイモ市でいっしょに住んでいるので問い合わせたら、ぜひ君を引き取って世話したいと言っている。僕も彼らになら安心して君を預けられる。大きくなったら、必ず訪ねて来たまえ。その時には、きっとこの港町を案内しよう。」
 そしてまた、こうも語ってくれた。
 「僕は日本を出てからもう二十年ばかりになる。日本には両親も弟もいるが、もう長らく手紙一本出していない。金も貯まらず、偉い人間にもなれそうもない。ここはいつも春のような気候が続き、一日仕事をすれば一週間は遊んで暮らせ、呑気に過ごしているうちに帰国の機会をなくしてしまったんだ。君は僕のような落伍者にならないでくれ。」
 同じような忠告を、僕はこの先何人もの日本人から聞くことになる。当時アメリカ大陸に渡っていた日本人の多くが、同じ思いを抱えていたに違いない。少年だった僕に、彼らは自らの果たせなかった思いを託したのだろう。
 何はともあれ、こうして僕は大陸での第一歩を踏み出したのである。

(→Vol. 2)


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