密航少年Kayの亜米利加見聞記Vol.2(つづき)

●頭文字はK

 

 十日ばかりした頃、僕は彼らに学校へ通うよう薦められた。彼らのレッスンだけでは英語の上達はおぼつかないと思ったのだろう。学校には「日本から弟が来たから、よろしくお願いします。」と頼んでくれた。
 先生はニコニコしながら、身振り手振りも交えて「生徒といっしょにいれば、すぐ言葉がわかるようになりますよ」といってくれた。
 学校といっても、日本で言うところの小学校だ。目の前にいるのは十歳から十三歳くらいの子ども達である。こちらは十七歳なのだが、背の高さはほとんど変わらない。半ズボンに長靴下という格好も手伝って、悔しいくらい違和感がない。
 一人の少年が「カムヒアー」と僕を招く。隣に腰を下ろすと何やら話しかけられた。どうやら「僕はジミー。君は?」と聞いているらしい。僕はうまく話せないから「頭文字はK」と言って名前をローマ字で書いて見せた。しかし長すぎるのと書き方がまずいためにジミーも先生も読めないようだった。結局彼らは頭文字をとって「ケイ」と僕を呼ぶようになった。一字ではまずかろうと、書くときは「Kay」と書くことにした。以来、これがカナダ・アメリカでの僕の通り名になった。

 

 学校に日本人は僕一人だったから、学友とはすぐ親しくなった。のみならず一週間もするとどこを歩いていても「Kay!」と声をかけられるようになった。言葉の方も、半年ほど学校へ通ううちにすっかり上達し、これには家の人たちも感心してくれた。
 そうなると、僕は本来の向こう見ずに立ち戻っていった。ナナイモは町が小さいので、もうどこへ行っても顔見知りができ、何の不自由もない。しかし平穏無事の生活こそ、僕にとっては最も落ち着かないものだった。もっと大きな町へ出て何かがしてみたい、という気持ちがむくむくと大きくなる。
 そこで僕は、バンクーバーへ行きたいと頼んだ。みんなはしばらく顔を見合わせて黙り込んだ。
「君がいなくなると寂しくなる。僕らは君が大人になるまで育てたいと思っていたんだよ。それは君がどうしても行くというなら止めはしない。でも一月に一度は帰ってきてくれ。君はこの家の子なんだから。」
 これほど別れを惜しまれると、さすがの僕もよっぽどバンクーバー行きを見合わせようかと思った。なんといっても、誰一人知人のいないナナイモへやってきて半年もの間、僕を自分の家族同様にかわいがってくれた人たちだ。別れが辛くないわけがない。しかしこんな小さな町で埋もれてしまうのは嫌だ、という思いは断ちがたかった。結局、時々帰って皆を慰めればよいと自分を納得させた。彼らも僕の決心の堅いことを知り、バンクーバーの木材会社に勤めている友人に紹介してくれることになった。

 

 バンクーバーへ向かう僕が手にしていた物は、両親の写真、シャツ、Yシャツとカラー三本。赤いネクタイ。日本からの靴と、タオル一本。封筒。鉛筆、学校の教科書三冊。ポケットにはハンカチとナイフ。これが僕の全財産だった。まだまだささやかな財産だが、上陸したばかりの頃を思えば、随分持ち物が増えたものだ、と感慨深かった。

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