●沈まない太陽の下で
入港すると上陸するのかと思っていたら、船に泊まって仕事場へ通うのだという。明日からの仕事のことを思ってあれこれ考えていると、夕食には早速魚が出た。
「そうら、魚が出たぞ」と誰かが言うと、皆がどっと笑った。久しぶりなのでおいしかったが、これから毎日魚料理だと思うと喜んでばかりもいられない。
「さあ、明日は早いからもう寝るのだ」と親方が言うが、太陽はまだまだ上にあって当分沈みそうもない。今は夜だと言われても、実感のわかないことおびただしい。
翌日からは朝から缶詰工場へ行く。作業時間は八時間などという生易しいものではない。十二時間でも十五時間でも、その日の魚の山を処理してしまわないことには仕事が終わらない。だから、たとえ日が照っていて夜らしくない、といっても始めのうちだけで、船室へ帰ると誰もが前後不覚の眠りに落ちる。面白い話や余興どころではない。あれほど盛んだった賭博でさえも全然やらない。明日の仕事に備えて、いかに多く寝るかが最大の関心事になった。そうは言っても、四六時中明るいので心底から眠ることができないらしく、いつも疲れが抜けない。
そんな中で一日休みがあったから、野々垣君の案内で町の見物に出かけた。小さな町で、西部劇に出てくる、砂金掘りの格好をして腰に袋をぶらさげている人がほとんどだ。店先の秤に砂金を載せて買い物をしている人の姿も見られる。すべてが西部劇の光景にあまりによく似ていた。
所定の作業が終わりに近づくと、持ち帰る缶詰の積み込みに忙しい。僕らは何の支度もないし土産の必要もないから、暇さえあれば眠る。野々垣君は、最初の予定通りこの船では帰らないというので、『北米の大成堂』のアドレスを教えて、彼の成功を祈って別れた。彼は賃金を手にすると、まるで故郷へ帰るような元気さで船を下りていった。
船がアラスカを出る時も、後を振り返る者もなく、誰もが船室で眠っていた。仕事が終わって後は帰るだけという気の緩みも手伝って、ただただ眠るばかり。行くときの賑やかさとは打って変わって、あれほど熱心だった賭博もほとんどやる者がいない。
船がサンフランシスコに着く二日ほど前に、全員に賃金が配られた。僕は十ドルほど前借していただけだったので、かなりの金額になった。
下船したら真っ直ぐ下宿している旅館に帰って、倒れ込むようにして寝た。白いシーツを敷いたベッドで休むのは、実に三ヶ月ぶりだ。心も身体も一気に休まる思いで、翌日は十時過ぎまでぐっすり眠った。髪を洗ってさっぱりし、行きつけの食堂で久しぶりにのんびりと、食事らしい食事をしてやっと人心地がついた。懐にはもらったばかりの賃金が充分すぎるほどある。
しかしここで仕事もせずのんびりと半年も遊んでしまっては、本物のアラスカボーイになってしまう。一休みしたらまた仕事を探そう、と心に決めた。