●航海歓迎会
この艦はSSリリーフ号といい、艦隊の病院船だった。艦隊は十数隻の軍艦とその付属軍艦からなる。ちょうど今は遠洋航海の準備中で、バリオ軍港に碇泊してすでに一ヶ月あまり経っていた。
乗員は昼間はデッキ洗いや訓練を行い、夕方五時から上陸できる。僕は毎日上陸して、夕食はほとんど市内の日本食レストランでとった。
水兵の制服はブルージャケットと呼ばれるが、喫茶店や食堂、ダンスホール、どこに行っても町全体がブルージャケットでなくては相手にしてくれない。同じ海軍でも士官や下士官はもてない。どこでも「ブルージャケット、ブルージャケット」と、紺の水兵服に白い帽子が人気の中心である。
五時頃町を歩いていると、国旗を降ろす国歌吹奏が聞こえてくる。すると商店員も道行く人も一斉に立ち止まって不動の姿勢をとる。さすがに軍港の町だと思って僕もつい立ち止まって姿勢を正した。
しかし米国ではこのあと寄港したどの町でも皆そうで、映画館でも国旗が画面に出てくると全員が一斉に起立する。米国人の愛国心の強いのには驚かされた。
やがて出発の準備も整い、米国太平洋艦隊は全艦遠洋航海に出航した。我が艦は病院船なので、艦隊の最後部に加わった。全艦、軍楽隊の奏でる軍艦マーチに送られて出航する有様は、勇ましくも美しい光景であった。
全艦が錨を投げると上陸となる。皆我れ先にとランチボートに飛び乗る。上陸すると港は歓迎一色だ。水兵の制服はブルージャケット、白の丸帽子。みな背が高くてスマートだから、どこへ行ってももてる。町の娘さんは水兵さんと腕を組んで歩かないと肩身が狭いし、水兵さんといっしょならどこのダンスホールも無料だ。
港では全市をあげて歓迎の人垣が岸壁を埋め、国旗が盛んにうち振られる。一斉に打ち上げられる花火は壮観だ。艦隊の方ではお返しに軍楽隊が国歌を吹奏し、軍艦マーチを奏でる。艦長は司令塔に直立し、上級将校は甲板上に整列して答礼する。
この勇壮さと快さは船に乗らなくては味わえないであろう。
●帰港・退艦
それから二、三の港に寄港し、いずれ劣らぬ歓迎を受けつつ、サンフランシスコを経て再びバリオ軍港に帰港した。艦隊はこれから約一ヶ月の休養、準備の後、今度は太平洋を横断して東洋各地を巡り、日本を訪れる予定であるという。
艦長は僕に、「今度は日本の各地を訪れるが、僕は通訳付きだからさぞ愉快だろうと期待している。君も父母に会いに行くといい」と満足そうにしている。しかし僕は正式の手続きを経て渡米したわけではない。それに日本の徴兵検査を延期している者が米国軍人でも変だろう。その上欧米諸国ならともかく日本が目的地では、僕にとっては目新しさも何もない。
ちょうどその頃、学生倶楽部の仲間から電報が届いた。夏休みが終わっても僕が帰らないので、「早く学校へ帰れ、旅費がなければ送る」というのである。渡りに船とばかりそれを艦長に見せると、「ふーん、大学か。僕とすれば連れて行きたいところだが学校も大事だ」と退艦を認めてくれた。
しばらくの間行動を共にした艦隊や戦友との別れは名残惜しかった。しかし今はまだ日本へ帰れない。複雑な思いで軍港を後にした。