密航少年Kayの亜米利加見聞記Vol.10(つづき)

 次の日の午後、ヘルマン氏も夫人も不在の時、裏の玄関のベルが鳴った。ドアを開けて驚いた。ホテルに残っているはずの久保田君が立っている。
 「いよー、君がいたのか」「どうしたんだ」「いや実は、この家のバトラーの口があるから来たのだ」「さては僕はクビになったのだな」
 実は久保田君は、僕が一人で職探しに出たまま戻らないし、金はなくなるしでじっとしていられなくなり、僕と同じ職業紹介所でこの仕事を聞いてきたのだった。
 「君そりゃ駄目だ。僕も駄目だが君でも務まらない。とても難しい」
 と言うと、
 「駄目なら夫人も留守だし、会わずに帰る方がいいだろう」
 「じゃあホテルに戻って待っていてくれ。今日までの給料をもらってゆく」
 と久保田君を先に帰した。
 夕方夫人が帰ってきたのを幸い、久保田君のことは言わずに「明日からはこちらの仕事ができないから辞める」と告げた。
  こうして僕のバトラー体験は五日で終わった。ヘルマン夫人は、僕が至らなかったのにも関わらず八ドルほどくれた上に、頼んだら在職証明まで書いてくれた。名門であるから、万が一にも他所へ悪く言われたくないと思ったのかもしれない。

 

●セールスマン

 

  僕ら二人が宿泊していたホテルには、中原という若い夫婦が泊まっていた。主人は酒の販売をしていて毎日注文取りに走り回っていたが、なかなかの好人物だった。ある日、よいことを教えようというので部屋を訪ねると、
 「仕事を探しているなら洋服のセールスをしてみないか。とてもよい仕事なので自分もやろうと思ったことがある」と切り出した。
 中原さんの言うことには、服地の見本と寸法書きの帳面、メジャー、身体のバランスを見るメーターなど、必要なものは一式会社で貸してくれる。注文を取って寸法書きを会社に送ると、出来上がった洋服は代金引換で送ってくれる。
 マージンは一着売れば五ドルから十ドル。自分の服は原価で作れる。中にはずいぶんと手広くやっている人もいる、ということだった。
 「もし希望なら会社に紹介してあげるし、自分の得意先も教えてあげよう」
 そのうえ注文の取り方まで教えてくれたので、中原さんの得意先の日本人鉄道官舎へ行ってみることにした。

 

 翌朝、教わった道順の通りに行くと、橋の向こうに百戸ほどの長屋が並んでいた。ここだなと思って度胸を決め、長屋の前に立った。
  しかし「こんにちは」とも「ごめんください」とも言葉が出てこない。「洋服屋でございます」とはますます言えない。ついにあきらめて、その棟を一渡り歩いて、いったん橋の上に戻った。
 今度は思い切って声をかけようと決心して、別の棟へ向かう。一軒の家の前であたりをしばらくながめて、また次の家の前に立ってみた。
 やはり入れない。
 再び橋の上に戻って二時間くらい休んで、今度こそと思って三番目の棟へ向かった。しかし、結局今度も何もできず、あきらめてホテルに帰った。
 夕方中原さんが「どうだった」と聞くので「会えなかった」と言うと「それでは勤務中だったのかな」と言う。訪ねていないとは言い出せなかった。
 僕は今までずいぶんいろんなことをしてきたし、ひとりでやっていける自信もあった。しかし今日の不首尾を省みると、実のところまだまだ世間になれていないし押しが足りない。こんなことではとても世界中歩くことなんてできないぞ、と反省し、これからは大いに勇気を出そうと心に決めた。

 

 そのうち慣れてくると、これはなかなかおもしろい仕事だった。会社からもらった鞄さえあればどんなところへ行っても仕事ができ、資金もいらない。一週間に一、二日働けば金に困ることもないし、それほど手数もかからないから、他の仕事の片手間でも充分やれた。商売のおもしろさもわかってきて、後でシボレーに入社するきっかけにもなったのである。

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