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よみポケ
特別企画
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密航少年Kayの
亜米利加見聞記
―1900年代初頭の北米大陸
Vol.11

中川吉蔵/光子



第十一章
保養地の人々

 

●町でただ一人の日本人

 

 ロスアンゼルスの僕の下宿しているホテルに時々来ては、二、三日遊んで帰る西川君という男がいた。西川君はロングビーチ市のバルボアビーチで日本人向け土産物店を経営しているが、店を開くのは土曜と日曜だけ。他の日は暇なので、ロスアンゼルスまで来ては日本人の店へ寄って、日本語で話をしたり、日本の雑誌を見たりするのを楽しみにしているらしい。僕にも「一人暮らしで退屈しているから、是非遊びに来い」としきりに言うので、行ってみることにした。

 

 ロングビーチは世界一の気候とも言われる保養地で、実に美しいところだ。美しい砂浜が広がっていて海水浴客でにぎわっている。その砂浜の中ほどに建っている大きな二階建ての建物はオジトリウムだ。これは一種の娯楽センターで、誰でも無料で入場できる。階上は見晴台になっていて、階下は二千人も収容できる娯楽施設になっている。ショッピングモールや魚釣り場、ホールや音楽堂もあり、インドアベースボール場まである。ロングビーチ周辺の町にはたいていこうしたオジトリウムがあって、観光客を引き寄せていた。

 

 西川君のいるバルボアビーチはロングビーチの先にあり、全体で二十戸ぐらいしかない小さな町だが、そんなところにもオジトリウムがあった。よそのオジトリウムは皆砂浜の真ん中にあるが、ここのは入り込んだ入江の近くにあり、大ホールに上る階段の両側に大きな店が並び、片側はパーラーになっている。
 西川君の店はオジトリウムの階下にあり、土産物店として日本製品を売っていた。商品はそれほど豊富ではないが、ロングビーチ市に近いので、週末には百人ぐらいの客が近隣の農場からやってくる。といっても年配の人が多く買い物の仕方は地味で、極く小さい安物しか売れない。しかし中には日本人と話をするのが珍しくて立ち寄る客もあり、それなりに町では人気の店だった。
 そのため家賃はいらないから町の発展のために店を開いていてほしいと言われていて、彼もまた週二日店を開けば十五ドルや二十ドルの利益があり、たった一人の日本人だから他の者よりも巾が利くと威張っているのだった。

 

 僕の訪問を西川君は飛び上がって喜んでくれた。
 「今夜は二人で食事ができる。せっかくだからご馳走にしよう。ビフテキはどうだ? いつもはパンだが米もあるんだ。でも漬け物はないからパインの缶詰でもいいか」
 ビフテキとご飯とパインの和洋チャンポンで乾杯する。
 「どうだ、ここは大都会だろう? 僕はこの市でたった一人の日本人だからな。あと二十年もすれば、ここは大リゾート地になる。そのときはパイオニアだぜ」
 酔うほどに調子づく西川君だったが、僕はこういう考え方が好きだ。今頃彼はどうしているだろうか、パイオニアだと威張っているだろうかと、後年よく思ったものだ。

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