密航少年Kayの
亜米利加見聞記
―1900年代初頭の北米大陸
Vol.12
中川吉蔵/光子
第十二章
サンバレーのエンジニアー
●砂漠の中の農園
汽車はロスから東へ、サンバレーに向かう。
窓の外は、どこまでも続く広野だ。二日目などは、汽車も一日に三箇所しか停まらない。三日目の朝十時頃、車掌が「イースタンタイム」といって回ってきた。サンバレーとの時差は三時間、ここで時計の針を三時間進めるのだ。
汽車の座席は皆じゅうたんが敷いてあり、車掌はモーニングを着ている。飲食をするときは食堂車で、煙草は喫煙室で喫う決まりだ。だから煙草好きは最初から喫煙室に乗っている。僕は煙草を喫わないからいいようなものだが、それでも決まり事が多くて窮屈な感じがする。
これに比べると日本の汽車は、喫って食べて呑んで、最後には歌う者さえある。まるで遊山のようなものだ。
サンバレーは、砂漠の中にぽつんとある無人の駅だった。他に降りるものは一人もおらず、迎えの者もいない。
駅を間違えたのかと心配していると、二頭立ての馬車が砂塵をあげて走ってきて駅前で停まった。御者が降りてきて何か言うのだが、フランス語なので少しもわからない。とにかく身振り手振りから僕を迎えに来たらしいことを察して馬車に乗った。
砂漠の中の一本道で、樹木一つ見えない。二十分ほど走ったところに小さな家があり、馬車がその前で停まる。まさかこれが目指すチャプマン氏の家ではあるまいと思っていると、ここがチャプマン家の農場の入口なのだった。
そこからさらに三十分ほど馬車にゆられるうち、回りの景色はゴム林になり、さらには数々の花が咲き乱れる広い庭園に変わっていった。一番奥にある、城のように堂々とした邸宅が、チャプマン邸の母屋だった。
●チャプマン邸
この農場には季節労働者が四十人ほどいたが、彼らは母屋からは遠く離れた、長屋のような建物に住んでいる。家具も一通り揃っていて掃除も行き届いているが、四人一部屋の共同生活である。
一方僕を含めた六人・・・測量士、洗濯専門の婦人、家庭教師、看護婦、コック、そしてエンジニアーの僕・・・は、それぞれ母屋に個室をもらっていた。使用人ながらこの農場の幹部ということになるらしい。
個室だけではない、食事も大きな白いテーブルクロスのかかった食堂で、主人家族と同じコックが調理した食事を食べる。食堂の隣には、幹部の居間があり、くつろいだり遊んだりできるようになっている。
僕はこうした扱いは初めてなので、本当にエンジニアーになったような気がした。