●エンジンに柏手を打つ
次の日、僕は朝から車庫へ向かった。ガソリンを温めるために熱湯をタンクに入れ、プラグを焼いて、ガソリンをタンク一杯に入れた。エンジンに柏手を打って拝み、力一杯に始動した。ボコッと音がする。勢いを得て、力の限り始動棒を回した、回した。
するとエンジンがかかった。奇跡だ。
急いで機械の回りを走り回って、停まらないように調節した。だんだん調子が出てきて、エンジンが熱くなってきた。
もう大丈夫だ。
そう思った途端いっぺんに身体の力が抜けて、気が遠くなりそうになった。
反射的に僕はエンジンの前に座り、エンジンを拝んだ。自然に、日本にいる両親の顔がまぶたに浮かんできた。自分の無事と成功を祈ってくれているに違いない両親を思い、幼少の頃からのことを次から次へと思い浮かべていると、涙があふれてとまらない。ともすると忘れがちにしている不孝を詫び、おかげで健康でいることを感謝し、両親の無事を心に祈って、一刻涙に暮れていた。
自動車の修繕に成功したことを誰より喜んでくれたのは二人の姉妹で、その無心の喜びようには心を打たれた。
試運転に乗せてくれとせがまれて、翌日は広野に等しい、片道1時間もかかる農場を走った。このときはエンジンの調子は充分でなかったが、彼女たちはそんな事は知らないから大いにはしゃいでいた。
主人もまた、非常に喜んでくれた。
これまでは、農場の者が馬車で駅まで往復するのが日課だった。駅には新聞や手紙、小荷物などが留め置かれる、備え付けの私書箱があるのだ。この私書箱だが、切手をほしいときは現金を入れておくと、郵便車の係が箱の中へ入れて置いてくれるし、切手がなければ現金を箱に入れておいてもよい。交通の不便な土地柄ならではの便利なしくみになっていた。来客があったり農場の誰かが街に出かけるときも馬車で送迎する。時には一日に何往復もしていたわけだ。
主人はせっかく自動車が動くようになったのだからと、自分で駅まで行きたがり、そうした時には僕が運転手をつとめることになった。
さてこうして居心地がよくなったところだが、僕はそろそろ引き上げ時が来たと思った。自動車修理に成功したのはまぐれだ、というのは自分が一番良くわかっている。長くとどまるうちに他の機械が故障したら手に負えなくて、せっかくの面目が失墜するようなことになりかねない。もう五ヶ月も勤めたのだから、潮時ではないか。
主人に辞意を告げると非常に残念がってくれて、
「給料が少ないなら、もっと多くしよう。娘たちも友だちができたように、非常に喜んでいる。なんとか思いとどまってくれないか」
といってくれたのには感激した。
心からの送別会をしてくれた皆の親切に感謝しながら農場を後にし、今度は久しぶりにロスアンゼルスへ帰ることにした。
(Vol. 14へ続く)
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